前髪がスーパーサイヤ人

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プロの技というのは、アマチュアを凌駕する域にあるからこそ、対価を支払う価値がある。無論、中にはプロレベルのアマチュアもいるが、殊に技術が必要な分野においては、プロの仕事を真似しようにもなかなか上手くはいかないのが一般的。

そんな現実を改めて思い知らされるのが、「自分で前髪を切ったとき」ではなかろうか。

 

たかが数センチ・・いや、場合によっては数ミリしかハサミを入れていないにもかかわらず、なぜああも一瞬で失敗できるのか理解に苦しむ。

しかも、生じた違和感をどうにか修正しようとさらにハサミを入れることで、もはや取り返しのつかない事態に陥るわけで——。

 

 

女性にとって美容室代というのはバカにならないため、「少なくとも月一回に抑えよう」と決めているわたしなのだが、前回のカットから3週間が経過する頃、髪型の崩れ・・すなわち前髪が長いことが気になり始めるのがルーティン化している。

 

髪の毛というのは一か月に1センチほど伸びるので、数字だけを見ると大した変化ではないが、前髪に関してはなぜか確実に成長を感じてしまう。しかも、前髪をそれほど短くしないわたしの場合、3週間もすると目にかかるようになったり、長さが増したことで二つに分かれたりするのだ。

見た目だけならまだしも、ある種の”実害”が生じているわけで、こうなると居ても立っても居られなくなるのがヒトというもの。かといって美容室の予約は来週だし、このモヤモヤした状態のままあと一週間も耐えなければならないのか——。

このように、前髪が長いことに気づいてしまったら最後。次の瞬間にはハサミを手に取り、ちょっとだけ前髪を切ってしまうのである。

 

(なんか、ヘルメットみたいになった)

・・言うまでもない。自らハサミを入れた後に完成するのは、なぜか毎回ヘルメットをかぶったかのような分厚い前髪なのだ。

プロの真似をしてハサミを縦に入れようが、はたまた間隔をあけて梳(す)こうが、どうやってもこのヘルメットを回避することはできない——いったい何が違うというのだ。

 

そこでわたしは、実際に美容師が前髪をカットする様子を観察し、その秘密をあばくことにした。すると・・なるほど、ある技術というか法則を発見したのである。

それは、”前髪を二つの層に分けて切る”というワザだった。

 

前髪というのは、「おでこ付近の群」と「頭頂部から垂れている群」との二種類によって構成されている。そして、よくよく見ると両者の長さは異なる設計となっており、じつは後者のほうが短くカットされているのだ。

これにより、長くて厚みのあるリアル前髪と、その上に薄くかぶさる頭頂部からの前髪・・という、二層が織りなす絶妙なハーモニーによって、バランスのいい前髪が完成するのである。

 

そんな裏ワザというかテクニックを盗んだわたしは、カットから3週間が経過した時点で、さっそく前髪にハサミをあてた。今までのように、前髪を一つの塊でとらえてはダメ。外側と内側との二層構造であることを意識して、それぞれを短くしなくては——。

こうして誕生した前髪は、以前のような分厚いヘルメットではなく、自然なグラデーションを伴ういいい感じの出来栄えとなった。

(これならば、美容室は二カ月に一回でいいんじゃ・・)

 

 

その翌日、鏡を見たわたしは愕然とした。なぜなら、前髪がスーパーサイヤ人のように逆立っていたからだ。

どうやら二層構造にしたことで、外へ向かって飛び出そうとする内側の髪の毛群に対して、表面で辛うじて抑えこんでていた外側の髪の毛群が負けたのだ——要するに、わたしの前髪は「跳ねるクセ」があるにもかかわらず、その跳躍力を無視して表面の髪を短くしたことで、「待ってました!」とばかりに謀反を起こしたのだ!

 

——またしてもわたしは、プロの技術の前に跪(ひざまず)かされたのであった。

 

たかが前髪、たかが1センチ・・文字にすれば大したことのない話だが、この「たかが」にこそ、プロと素人との間にある埋めることのできない溝というか、高すぎる壁がそびえ立っていることを忘れてはならない。

(金輪際、前髪が邪魔になったとしても素人の浅知恵で手を加えることはせず、ちゃんとプロの手に委ねよう・・)

 

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