会社近くの恋人宅から通勤しているのに、100キロ超の交通費をしれっともらっていた従業員の話

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(自分が労働者ならば、やはりコッソリ秘密にしておくだろうな・・・)

根っからの悪党であるわたしは、顧問先からの相談を受けながら内心こう思っていた。あぁ、わたしが労働者じゃなくて本当によかった——。

なんの話かというと、顧問先の従業員が同棲相手宅から通勤しているにもかかわらず、他県にある自宅からの通勤定期代を受給していることについて、会社としてどうするべきかという相談だった。

 

これは単純に「差額を返還してもらう」という対処になるだろうが、少し深掘りするとやや恐ろしい事実が待っている。それは「詐欺罪が成立する可能性がある」ということだ。

詐欺罪が成立するには、いくつかの構成要件が必要となる。まずは「欺もう行為」といって、ヒトを欺く行為があること。そして「欺もう行為によって、被害者が錯誤に陥ること」、つまり、相手を欺いた結果、相手が勘違いをする必要がある。さらに「錯誤に基づく財産の処分や交付、または財産上の利益の移転」が行われること。たとえば、被害者が加害者へ金銭を渡すことなど。最後に「これらの行為に因果関係があること」、つまり、被害者が錯誤に陥っていなかったり、最終的に財産が移転しなかったりすれば、「未遂」にとどまるわけだ。

 

今回の事件の発端は、交際を開始した恋人の自宅(都内)から、同じく都内の会社へ通勤している従業員がおり、当人へは「自宅」として申告されている千葉県南部から会社までの、合理的な最短ルートとなる経路の6か月定期を支給していた。

しかし恋人宅から通勤しているため、交通費は一日数百円しかかからない。そして6か月定期代は、なんと20万円を超えている。恋人宅から通勤しているのを、何人もの同僚が確認していることや、本人が自慢げに話していることから、自宅から通勤していないことはほぼ間違いない。

今回は6か月定期ということもあり、今後の対応としてどのような方法がいいだろうか——というものだった。

 

従業員の立場で考えてみると、

「通勤手当たくさんもらえてラッキー!」

という程度のものだろうが、実際には会社からカネをだまし取っていることになる。これが例えば、月に何回か恋人宅から通勤している程度ならばまだしも、家財道具を一式揃えて同棲生活を送っているのだから、それは見過ごすことはできない。

 

「会社から交通費をだまし取ってやろう」などという悪意に満ちた行為ではないにせよ、事実として往復3,000円の交通費は発生していないわけで、当然ながらその差額は返還するべきである。それを「言わなきゃバレないから大丈夫」などと軽く考えていると、それこそ痛い目に遭う。

さらに、不当利得の額が額であるだけに、返還しろと言われても「使ってしまったから返せない!」となるであろう未来が見える。また、悪知恵を働かせて故意に通勤手当を不正受給したとなれば、通勤手当相当額の損害賠償を求められる可能性もあるわけだ。

 

そして、この事件をきっかけに社内で「懲戒処分」が下される場合もある。判例をみると、通勤手当の不正受給だけを理由とする懲戒解雇は「不当」とされるケースが多いが、差額の返還に応じなかったり何度注意しても不正を続けたりする場合は、当然、懲戒処分となる。

いずれにせよ、不正に金銭を手に入れて問題がないわけがない。現金で買い物をして釣銭が多かった場合に「ラッキー!」と、財布に入れれば詐欺罪が成立するわけで、ラッキーなどというものが、そうそう転がっているわけがないのだ。

 

ちなみに「バレなきゃオッケー」といういのは、万引き犯の感覚と同じである。たしかに、バレなければその事実は発覚しないわけで、なにも起きなかったかのように時間は過ぎる。

だが、バレた時の覚悟は必要となる。いつどこで誰が見ているのか分からない上に、会社の人間が自分の味方とは限らない。そのため、今回のように恋人と一緒に通勤する姿を見られたことがきっかけで、会社へ密告されるケースは多い。あとは、恋人ができてついつい浮かれてしまい、自らペラペラと自慢することで発覚することもある。

とにかく、人間とは、善人の仮面をかぶった得体の知れない生き物であるということを、肝に銘じておくべきだろう。

 

そんなこんなでまずは、

「申告した住所地から通勤していないにもかかわらず、そこからの交通費を申請している従業員からは、差額を返還してもらう」

という対応をしつつ、

「交通費をごまかすことは、場合によっては『詐欺罪』にあたるので、バレたらとんでもないことになる」

というリアルを周知することで、今後は不正のない交通費の支給を徹底しようとなったのである。

 

 

個人的には、本日の教訓として「壁に耳あり障子に目あり」を改めて考えさせられたのであった。

 

Illustrated by 希鳳

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