「先生、雇用契約書の作成をお願いします」
なるほど、そういえば私は社労士だった。
法定書類の作成や真面目な相談業務こそが、私の主たるキャリア。
社労士たるもの労働法に精通し、コンプライアンスの徹底を使命とする。
酔っぱらって温泉に入ってすっころんで、全裸で頭など打っている場合ではない。
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「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律」の成立により、2022年10月から、
「雇用契約の期間が2か月以内であっても、実態としてその雇用契約の期間を超えて使用される見込みがあると判断できる場合は、最初の雇用期間を含めて、当初から被用者保険の適用対象とする。」
という見直しが決定した。
これにより「形式的」な2か月以内の雇用契約は適用除外とならず、一般的な雇用契約で加入要件をクリアしていれば、入社当初から社会保険加入が必須となる。
この「見直し」について、顧問先へ説明しなければならない。
まだ少し先の話だが、施行時期が到来するのを待たずして実行すべきと考える。
なぜなら当たり前のことだから。
現状は法律の抜け穴をついているにすぎず、社会保険適用の趣旨を鑑みれば至極当然のこと。
日本年金機構の疑義照会回答で、
「(前略)事業所において継続的な使用関係に入る当初、身分的な意味で一定期間を臨時の使用人あるいは試用期間という取扱いをしても、ご照会の場合のように継続的な使用関係が認められる場合は、採用当初から被保険者として扱うことになります。」
と示されているとおり、2か月以内で終わるプロジェクト等でない限り、契約上2か月の有期契約を締結したとしても、それをもって社保加入を免れるわけではない。
仮に、入社から2か月を「試用期間」という名の有期雇用契約で締結し、その期間を社保未加入とすれば、違法とまではいかないが都合の良い解釈で社保加入を先延ばしすることになる。
だが、会社側にも言い分はある。
社会保険料というのは給与総額のおよそ3割を占め、その半分を事業主が負担する。
つまり30万円で雇用したつもりの労働者に、実際は35万円近く支払うことになるわけで、その負担は軽視できない。
さらに労働者が数か月で音信不通ともなれば、まさに泣きっ面にハチ、心中穏やかではいられない。
こんなこと、労働者は考えてもみないだろう。
社会保険料の事業主負担分を加味して給与額の設定をすると、求人の時点で見劣りしてしまう。
よって同業他社と張り合うためにも、決死の覚悟で給与額を吊り上げなければならない。
大きなジレンマを抱えながらも、会社は経営を続けなければならないことを、雇用される労働者も知っておくべきかもしれない。
「会社には金がある!」
などと乱暴なことを言うなかれ。
社会保険料しかり、雇用保険料や労働保険料(これは全額事業主が負担している)など、実際の手取り金額以上に会社が負担している費用があるのだ。
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そういえば
「わたし、社会保険には加入しません」
と、堂々と宣言する労働者がいた。
「働く上でのルール」を知っていれば、自分が社会保険に加入するのかしないのかは入社前から分かる。
なぜなら社会保険の加入について、労働者本人の意思が介在する余地はないからだ。
ルールで決められた加入要件があり、そこに該当するならば強制的に加入するだけで、拒否権もクソもない。
先日行われたボクシングの試合で、選手のタトゥーが地上波で放映されたことについて物議を醸している。
個人的な信条や意見は置いといて、その社会(組織)に身を置くならばそこでのルールに従う以外に方法はない。
どうしても受け入れられないのならば、そこではない場所へ行くしかない。
もしくは、政治家にでもなってルールを変えるか。
労使間トラブルで耳にするセリフのトップは、
「そんなこと知らなかった」
という常套句。
労働者も会社も、双方がこのセリフを吐く。
試合で反則負けとなるのは誰の責任か、というのと同じだろう。
「知らなかった」を棚に上げられると、なんとも滑稽で哀れになる。
ぜひとも、当事者意識をもって社会生活を送ってもらいたい。
Illustrated by 希鳳
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