白金高輪駅発砲事件(仮)

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(・・・ん?爆発?)

 

 

白金高輪駅の改札を出たわたしは、長いエスカレーターで地上を目指していた。

 

そういえばさっき、電車を降りる際にわたしを押しのけて先に降りたジジィがいた。それが癪に障ったわたしは、改札階へ向かうエスカレーターの途中で追い抜いてやったのだ。

本来、エスカレーターはステップに立ち止まって乗るもので、歩かずとも自動的に昇降してもらえる便利な文明の利器である。だが、わたしを押しのけてまで急ぐ事情があるのならば、黙ってエスカレーターで立ち止まるとは思えない。そこでジジィを背後から監視したところ、なんと、のんびり突っ立ってエスカレーターに運んでもらっているではないか。

その行為が忌々しく思えたわたしは、そっとジジィの横を通り過ぎたのである。

 

誰よりも早く改札を出たわたしは、歩く勢いそのままに地上を目指した。

地下というのは、ミサイル投下や地上での戦闘においては安全なシェルターとなりうる。だが入り口を塞がれたり、空気が入ってこなかったりすれば、それはそのまま死を意味するわけだ。

また、大量の水が流れ込んできて逃げ場がなかったとすれば、それもやはり死へと誘う恐怖の密閉空間へと変化する。

つまり地下というのは、安全なようで恐ろしい場所でもあるのだ。

 

(もしも今、突然の地震で出口が塞がれたとしたら、線路を伝って地上を目指すしかない。だが最悪なことに、地震の影響で津波が押し寄せてきた場合、その線路すらも塞がれてしまう。そうなれば遅かれ早かれ、わたしを待ち受けるのは「死」しかない——)

 

地下鉄を利用する際、わたしは常にこのような非常事態の想定をしている。そのため、いつでも避難経路を確認しているし、誰を押し退けてでも自分だけは助かる覚悟で地下にもぐっているのである。

だからこそ、一刻も早く地上の空気を吸いたい衝動から、歩いてはいけないエスカレーターすらも駆け上がってしまうのだ。

 

そんなわたしの前方で——下からでは上は見えないため、後方ではないことくらいしか確実ではないが——、なんらかの破裂音がした。耳を劈(つんざ)くような甲高い音が、地下道に響き渡る。

(・・・ん?スーツケースでも派手に落としたのか?)

乾いた落下音にも聞こえたが、果たして上で何が起きているのだろうか。

 

エスカレーターですれ違う人間も、その音に驚いた様子で振り返る。しかしわたし同様、エスカレーターの上で何が起きたのかは分からない模様。

スーツケースを倒した人間も現れないし、むしろ新たに降りてくる人間もいない。いったい何があったんだ?

 

あと数メートルでエスカレーターが終わり、通路に移るというあたりで、突如、金属が転がりつつ飛んでくる軽快な音がした。その瞬間、銀色に鈍く光る小さな金属片が、わたしの右横を弾みながら転がっていった。そして、一つ下のステップで止まった。

(・・・か、カラ薬きょうじゃないか?!)

わたしと同じ速度で、少しずつエスカレーターの終わりへと向かう金属片は、どう見てもカラ薬きょうである。どういうことだ?なぜこんなものが転がってきたんだ?さっきの快音、いや、怪音と関係があるのか??

 

エスカレーターが終わり、わたしは通路へと一歩を踏み出した。チラッと足元を見ると、あのカラ薬きょうがステップの吸い込み口で回転しながら留まっている。

吸い込まれることもなく、かといって通路へ上ることも許されず、誰かが拾わない限り永遠にその場をカラカラと回り続けるかのように、小さな金属片は意思とは関係なく走らされていた。

 

そして通路を歩きながら、わたしは周囲に目を光らせた。

(あのカラ薬きょうがどこかで発砲されたものだとすると、階段の上から撃ったのだろうか?それともあの奥の角から撃ったのだろうか?)

だが、拳銃を所持する不審者は見当たらない。それどころか、人っ子一人見当たらないのだ。じゃあいったい、さっきの耳を劈くような音はなんだったんだ——。

 

 

セレブが暮らす平穏な街・白金高輪駅の構内で、なぜわたしの足元にカラ薬きょうが転がってきたのかは分からない。あるいは、誰かがわたしを狙って襲撃したのかもしれない。

しかし騒ぎになっていないところをみると、あれはわたしだけが知る発砲事件だったのかもしれない。

 

Illustrated by 希鳳

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