顔面に特徴のある友人がいる。お世辞にもカッコいいとは言えない中年だが、なぜか興味をそそられる面構えをしている。そう、友人は表情の変化がほとんど見られない、特殊な顔を持っているのだ。
会話をしなければ、嬉しいのか悲しいのか怒っているのか困っているのか、まったく分からない。言葉の意味どおり「面の皮が厚い」わけで、非常に興味深い顔をしている。
具体的に何に似ているのかといえば、真っ先に浮かぶのはカピバラだ。本人にその事実を告げたところ、
「カビパラってかわいいよね」
と知ったかぶって返事をしてきたが、カビがパラパラと降ってくるカビパラではない、カピバラだ。そんな素っ頓狂なコメントすら、無表情で答えるから面白い。
カピバラはネズミの一種で、和名を「オニテンジクネズミ」と呼ぶ。ネズミ目カピバラ科カピバラ属に分類され、現生する最大種のげっ歯類である。
げっ歯類と聞くとリスやハムスターが思い出されるだろう。クリクリしたかわいらしい目と、ちっちゃな手で豆をカッカッとかじる姿は愛らしい。奴らにも表情は存在しないが、まん丸い目がクリっとしているだけで、勝手にかわいらしく見えるから得だ。
目といえば馬や鹿も美しい目を持っている。とくにサラブレッドの切れ長で大きな瞳は、愛らしさとともに賢さをも兼ね備えている。そんな目で見つめられたら、まるで意思の疎通ができるのではないかという錯覚に陥る。
だが、カピバラは少し違う。常に怒っているかのようなつり目で、滅多にまばたきをしない。実際には適度な回数でまばたきをしているのだろうが、私が見ている限りでは確認できなかった。
カピバラの隣りに張り付き、様子をうかがうも無表情。せめて目を見て心を通わせようと挑戦するも、決して視線を合わせようとはしない。つり目で無表情、話しかけても揺すっても無反応。こんな不愛想なげっ歯類がいるだろうか。
とはいえユニークなフォルムであるカピバラは、漢名を「水豚」と言う。たしかに豚にたわしのような毛を纏わせれば、カピバラになる。ぽってりとした胴体に短い手足、ちっちゃな耳につり目で不愛想な顔。個体差はあるが、40~50キログラムの巨大たわしは、多少揺さぶろうが全くもって動じない。
カピバラを集団で観察すると、大きさにこそ多少の差はあれど、顔面のつくりや表情はどれも同じで見分けがつかない。犬や猫のように色や模様に差があればまだしも、「動く巨大たわし」であるカピバラは、見事なほどに全員が同じ表情をしている。
しかしかわいらしいのは鳴き声だ。クルクルクル、キュルキュル、という鈴虫のような不思議な声を、あのデカい図体から発するのだ。どうせならもっと野太い声で吠えてもらいたいものだが、そのギャップこそが彼らの魅力なのかもしれない。
そして一番の魅力といえば、脱走癖があることだろう。一見、温厚でのろまに見えるカピバラだが、いざとなればさすがのダッシュ力を見せる。太くて短い手足を最大限に動かし、50キロもの肉塊をものともせずに逃避を敢行する。もちろん、無表情で。
もしかすると、カピバラの魅力というのは無表情ゆえの一生懸命さなのかもしれない。表情がないということは、こちらの想像でいかようにも受け取れる。訴えかけないからこそ、人間側の想像は膨らみ、勝手な解釈が可能となる。
一般的な美的センスからすると、カピバラの見た目はかわいくはない。だが誰もが口をそろえて「かわいい」というのは、フレンチブルドッグにも共通する点といえる。いわゆるマンチカンだのポメラニアンだの、見るからにフワフワでかわいらしい愛玩動物にはない、どこか野生が潜むブサカワイサとでもいおうか。
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改めて友人の顔を確認するが、彼には可愛らしさというものは皆無である。だがどうしても、面の皮の厚さを感じる無表情な顔に、生き物としての興味を抱かずにはいられないのだ。
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