ケリタオス・ベンツ  URABE/著

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雨の日のチャリは最悪。どんな格好したってずぶ濡れになるから。まぁ宇宙服みたいなのを着ればいいかもしれないけど、女子高生がそんな格好したら人生の無駄遣いになる。

アタシたちは雨が降ろうが雪が積もろうが、ナマ脚出してチャリ漕ぐのが使命。そんな3年間も終わりを告げようとしている。

 

栃木県の田舎の女子高に通うアタシは、家から学校まで40分かけてチャリで通っている。電車の駅は遠いし、バスを待つくらいならチャリの方が圧倒的に便利だから。おまけに寄り道するにもチャリは必要だし、放課後のマストアイテムでもあるかな。

とはいえ、コロナのせいでこの2年間はほぼリモート授業だったから、チャリの出番も少なかった。それでも久々に、悪天候でチャリを漕ぐと思い出す事件がある。

 

 

あれは高校1年の冬。クソ寒いうえに小雨が降っていた。遅刻しそうだったアタシは、いつものごとく全速力でチャリを漕いで学校へ向かっていた。

 

そうそう、アタシ普段はチョー地味で目立たない女子なんだ。見た目も冴えないし、髪も真っ黒なおかっぱ。その分、悪いことしてもバレないし疑われないから、先生からの信頼は絶大。おまけに、クラスメイトで調子乗ってるバカ女のこと先生にチクってやったり、裏では優等生ぶってるから内申点バッチリだし。

そんなアタシはチャリに乗ると豹変する。なんだろ、日頃のうっ憤を晴らすのとは違うけど、人が変わったような暴走チャリダーになる。違うな、実はこっちが本性なんだろうね。

 

とにかく話を戻すと、そんな小雨の中を傘もささずに学校へ向かって爆走していたんだ。そしたら背後から猛スピードで近づいてきたベンツが、追い越しざまにデカい水たまりを踏んだんだよね。そりゃもう、バケツひっくり返したような雨水をぶっかけられたんだよ!

カッチーンきたアタシは、その辺の車よりもぶっ飛ばしてベンツを追いかけた。次の信号でひっかかるのが分かってたからね。

 

で、予想どおり赤信号で止まったベンツの前に出て、右足でボンネット踏み付けながら言ってやったんだ。

「ちょっとオッサン!クリーニング代払ってよね!」

そしたら運転席からオッサンが顔を出して、金は払うから足をどかしてくれって叫んでるの。で、キョドりながら車降りると、財布から一万円札抜き出してアタシに渡そうとしたその時、

「曲がってる」

ってつぶやいたんだ。は?って聞き返すと、ボンネットを指さしながら同じこと言うの。オッサンが指す方向みると、なんと、ベンツのマークが斜めに倒れてるじゃん!!

――どうやらアタシが蹴り倒したみたい。。

 

超庶民のウチは、生まれた時からダイハツのタントで今日まで育ってきた。でも、ベンツってあれでしょ?ヤクザとかが乗ってる高級車。めっちゃ高いのは知ってるけど、このマークだけでいくらするんだろ?まさか100万円とかしないよね??マジヤバい、どうしよ、クリーニング代どころの話じゃないじゃん――。

 

アタマが真っ白になったアタシは、チャリの向きを変えると速攻で漕ぎ始めた。もはや逃げるしかない。信号は赤だし、路地に入ればついてこれないはず。ベンツを撒くしかない!!

人生で一番真剣に逃げた瞬間だった。後にも先にも、あれほどチャリ漕ぐことに集中した時はなかったな。とにかく前だけを見ながらアタシは逃げ切った。

 

学校に着く頃には、ずぶ濡れだった制服もかなり乾いていた。とりあえず友達にさっきの出来事を話したら、そのうちの一人がネットで「ベンツマーク」の値段を調べてくれたの。

「なんか、五千円とかで売ってるよ」

マジ?!そしたらあの一万円もらって、五千円返せばよかったんじゃん!めっちゃ損した!!

 

 

あの時はベンツって名前にビビったけど、いま思うと惜しいことしたなぁ…なんて思ってるうちに、ちょうど後ろから猛スピードで車が近づいてくるんだよね。

 

――高校の思い出に、いっちょかぶっとくか。

 

(了)

 

サムネイル by 希鳳

 

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