母の手術に立ち会うべく某市民病院を訪れたわたしは、入院患者のほとんどが・・いや、看護師やスタッフといった病院関係者を除く全員が、押しも押されぬ「完璧な高齢者」であることに驚きを隠せなかった。
見ようによっては多少は若く見えるヒトも・・いない。どれほど甘く見繕っても、お世辞にも「お若いですね」などと軽口を叩けるような相手は皆無。
こ、これが日本の抱える「超高齢化社会」という現実なのか——。
と思っていたところ、目に飛び込んできたのは「地域包括ケアセンター病棟」という文字だった。
そう、ここは急性期治療を経過して病状が安定した患者のうち、引き続き経過観察やリハビリ、在宅復帰や施設入居への準備が必要な者を受け入れる病棟であり、在宅や施設入居までのワンクッションを必要とする高齢者が多いため、自ずとシニア層が集結している・・というわけだ。
「なるほど」と、小さく呟くと同時になぜか安堵するわたし。だって、これがもしも一般病棟だとしたら、非情かつ冷酷な言い方になるが「リアルにまずい状況」だからだ。
看護師やソーシャルワーカーといったメディカルスタッフこそ、若年~中年層が中心だが、これほど広大な病棟を埋め尽くしているのが全員高齢者なわけで、いくら地方の病院とはいえさすがに看過できない現実といえる。
とはいえ、寝たきりのような重度な患者はいない。まぁ、在宅復帰を前提とした病棟なのだから当然ではあるが、主に「転倒による骨折からのリハビリ」を目的とする高齢者が多く(看護師談)、これはつまり「年を取ると躓いたりよろけたりしやすい→転倒すると骨が折れやすい→入院」という事実を、データより如実に示しているのである。
このような現実を目の当たりして心底思うのは、「高齢者は全員、柔術をやるべきだ」ということだ。
わたしが所属するジムの最年長は73歳の男性で、彼は数年前から柔術を始めて現在青帯を巻いている。しかも、過去に柔道や格闘技の経験があったわけではなく、ある意味「突如」始めた——とはいえ、やや特殊な側面もある。
彼の職業はアンチエイジングを主とする形成外科医であるため、
「高齢者が転倒すると大腿骨を骨折する率が高い。そうなると、寝たきりの状態が長く続くので筋力が衰えてしまい、その後も車椅子や寝たきりの生活になることで、著しく健康を損なってしまう」
このような医学的見地から、「転ばないようにする」という転倒の予防だけでなく、「どうやって転べば、大腿骨骨折を免れるか」という”転倒直後の最善策”へと考えを広げたところ、柔術を学ぶことがベストではないか・・との結論に至ったのだ。
彼が柔術を始めた当初は、それこそ柔軟性は乏しいし動作に必要な筋力は足りないし、おまけに「脳」も動きに慣れていないなど、とにかく出来ないことだらけ。それでも一年、二年と続けるうちに、彼のフィジカルは明らかな変化をみせた。
まず、全ての動作が迅速になったことだ。立ったり座ったりという単純な動きですら、前は「よっこらしょ・・」といくつもの工程を経て立ち上がる感じだったが、今となっては一挙動でできるようになった。
さらに、すべての動作が滑らかになったことも驚きである。手を前に出すとか頭上に挙げるとか、たったそれだけのことでも硬さのとれたスムーズな動作になったのだ。
これらのことから言えるのは、「動作がスムーズにできるようになると、若々しく見える」という事実である。赤ん坊がグニャグニャでプニプニであるように、柔らかさは若さの象徴なのだ。
そして、関節が柔らかいことは怪我のリスクを軽減させるメリットもある。仮に転倒するにしても、立った状態のまま地面に叩きつけられるのと、無意識にでも体勢(アングル)を変えて倒れるのとでは、前者ならば骨折確定のところを後者は打撲で済ませられるだろう。
とはいえ「柔軟性が必要ならば、ストレッチをやればいい」というのとは違う。実際に使える動き・・とでも言おうか、相手があっての動作や反応というのは、決して一人では身につかないものだからだ。
たとえば、自分が「こう動こう」と決めていても、相手がそれを阻止すれば叶わないし、逆に咄嗟に動かれた際、即座に反応するには体の準備や動きのレパートリーに加えて、「予測するチカラ」が求められる。つまり、身体的なトレーニングやエクササイズを行うだけでなく、予測不可能な生体である「相手」を据えてのやり取りにこそ、意味があるというわけだ。
とくに年配者の場合、柔術でのスパーリングは雌雄を決する場ではなく、「技の交換」や「動きによる会話」といったコミュニケーションの場であるべき。その意識が、無駄な力みを取り除いてくれることで双方の怪我予防にも繋がる上に、対話(ムーブ)を通じて「楽しい5分間(スパーリングの時間)」を満喫できる。
無論、絶対に怪我をすることはない・・とは言い切れない。むしろ、必ずどこか「小怪我」をするだろう。だが、それすらもポジティブに捉えられるほど、柔術を嗜む者(殊にシニア世代)は心身ともに頑丈なつくりへと変化していくのである。
(ここにいるお年寄りを全員、マットに転がらせたいな・・)
地面での生活から椅子や机を用いた様式へと変化した現代において、寝転がって取っ組み合うことは、じつは非常に貴重な経験なのかもしれない——と、改めて思うのであった。
*
しつこいようだが、中・高齢者といわれる日本人は全員、柔術を体験するべきである。




















コメントを残す