敬老の日の翌日

Pocket

 

「一緒にドコモショップへ行ってほしいんだけど」

所用で東京を訪れた母とカフェで話をしていたところ、急にこのような依頼を申し込まれたわたし。実家の近くにもドコモショップはあるはずだが、なぜわざわざこのタイミングで行きたいのだろうか——。

「一人で行くと店員さんが寄って来くるから、じっくり見れないの・・」

・・あぁ、なるほどそういうことか。

母はソトヅラがいいので、他人からの提案や勧誘を簡単に受諾してしまう癖がある。つい先日も、家電量販店でスマホを見ていたところ、Wi-Fiの契約をさせられそうになったり、キャリアを乗り換えることで安く契約できるから・・と、危うく買い替えさせられそうになったりと、呼び込みやキャッチセールスに捕まりやすい体質である上に断ることができないため、いつもこういった状況に陥っては愚痴を聞かされるのである。

 

そしてどうやら、iPhoneを買い替えたいのだが、新しい機種の操作についてよくわからない・・ということらしく、店頭に展示してあるiPhoneをいじってみたいのだそう。

想像するに、毎回その目的でドコモショップや家電量販店を訪れるも、店員につかまって彼女のやりたいことが阻止されてきたのだろう。そこで、「わたし」という用心棒を引き連れて来店すれば、身の安全を保ちつつ存分にiPhoneをいじることができる・・と考えたわけだ。

 

たしかにわたしは、店員に声をかけられることが少ない。今は見かけなくなったが、路上でティッシュを配るバイトからも避けられるため、ティッシュが欲しくてウロウロするもいい加減もらえなかったときは、自らティッシュを奪いにいったものだ。

声をかける側というのも、ある程度相手を見て判断するため、「こいつはチョロい」と思えば積極的にガンガン寄って来る。もちろんそれだけでなく、店舗のスタッフならば困っている者をサポートしたり、素人が知り得ない商品の魅力を伝えることで購買意欲に拍車をかけたりと、店員のおかげで助かる顧客も多いのは事実。

だが、一人でじっくり選びたいとか、なんとなく見て回りたいと思っていいるときに、強引に寄ってこられると逆に不快感を覚えるわけで——。

 

ということで、母を連れてドコモショップを訪れたわたしは、笑顔で待ち構える店員に向かって「ちょっとiPhoneさわらせて」と告げると、母お目当ての最新機種の前を陣取ったのである。

 

「新しいiPhoneはこの丸いボタンがないけど、どうすればいいの?」

彼女の疑問は至極単純なものだった。現在使っているiPhoneSEには「ホームボタン」と呼ばれる丸いくぼみがついており、それを押すことで画面が開閉できる仕組みとなっている。

しかも、ホームボタンが便利なのはそれを押すことで「全てが解決できる」ことだ。画面のオンオフもそうだが、開いているページを閉じるのもホームボタン一発で解決できる。そんな”万能ボタン”が消えるとなると、不安に駆られるのは当然のこど。

(そういえばわたしも、SEから新しいのに替えたときに同じこと思ったな・・)

 

とりあえず、サンプルで置いてある最新型のiPhoneを手に取り、画面の開き方やページの閉じ方を教えつつ、スクロールとスワイプが下手な母に”特訓”を施した。

なぜなら、画面を指ではじく癖のある母は、スクロールしているはずがスワイプになってしまった結果、色々と大変な事態を巻き起こしていた。画面の端までしっかりと押し流す・・という感覚が足りないのか、すぐに指を離してしまうため、上下の移動ができないどころかページが消えてしまうのだ。

 

そして特訓を続けるうちに気づいたことだが、どうやら彼女は「誤って何かしてしまうのが怖い」から、長く画面に触れることができないのだそう。スクロールするうちに、誤って別の操作をしてしまったらどうしよう・・という不安から、すぐに指を離してしまうとのこと。

しかしながら実際にはその逆で、ピンピンと指ではじくことで誤ってタップすることが多く、余計なページを開いてしまった結果、よくわからずパニックになり、ホームボタンを押してページを閉じる・・を繰り返していたのだ。

(あぁ、だからホームボタンが消えたら不安なんだ・・)

 

そこで、まずはその「誤解」を解く作業から入った。さらに、実際に目の前にある紙を指で動かすかのように、画面の向こう側にあるページを「指先でずらす感覚」を覚える訓練を行った。

どんなことであれ、感覚の問題というのは本人にしか分からないため、外野がそれを理解するのは難しい。それでも、どうにかしてその感覚を手に入れてもらえるよう、こちらにとっても忍耐という訓練を続けたのである。

 

 

・・ということで、見ているだけでは理解できない、その人なりの不安や特徴を知ることで、より適したアドバイスやサポートができる——ということを知ったわたしは、高齢者である母にiPhone操作の猛特訓をしながら、「これは一日遅れの”敬老の日”のプレゼントなんだ」と、自身に言い聞かせるのであった。

 

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です