社労士の仕事の一つに「厚生労働省の助成金申請書を作成し、行政機関へ提出する」というものがある。これは社労士法に定められており、他の士業が業として行うことは禁じられている。
にもかかわらず、巷にはびこる「助成金代行会社」なる人たちは
「誰でも簡単に申請できます!」
と大々的に宣伝するものだから、迷惑というか無責任にもほどがある。たしかに申請書類を埋めることは誰にでもできる。昨今、厚労省はYouTubeを使って申請書の書き方をレクチャーしてくれるため、文字が書ければ誰でも容易に空欄を埋めることができる。
だが助成金の申請というのは、書類を埋めることを意味しているわけではない。
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今日、コロナ禍において初の雇用調整助成金および緊急雇用安定助成金の申請を希望する会社が現れた。雇用調整助成金、略して「雇調金」は、この2年弱で何度も何度も姿を変え現在のカタチに落ち着いた。といってもほぼ毎月なんらかの改定があるため、先月の情報に甘んじていると痛い目にあう。
ちなみに今日現在、雇調金は「原則的な措置」「業況特例」「地域特例」の3種類に分かれている。詳細は割愛するが「特例」と名のつく2つについては、一日あたりの上限が15,000円と原則よりも1,500円高かったり、助成率が10/10(中小企業の原則は9/10、大企業の原則は3/4)であったりと、少し優遇されている。
しかし、上記特例に該当するか否か、雇用保険被保険者か否か、判定算定期間がいつか、教育訓練を実施したか否か、小規模事業主かどうか等々、各種条件によって使用する申請様式がなんと23種類もあるのだ!
ほぼ同じ休業状況にもかかわらず、「原則」でいくか「特例」を使うかによって申請様式(エクセル)が変わる理由は、「一日の上限」と「助成率」の項目に自動計算が入っている程度で、記入内容に差はない。だが役所はわりと厳しいので、申請様式が違えば「やり直し」を指示される場合もある。
そして今回、初の雇調金・緊安金を申請する会社から、休業期間中の出勤簿と賃金台帳が送られてきた。が、それを見た瞬間、驚きを隠せなかった。
ごくごく普通のひな型で、いま流行りのクラウド労務管理システムを使って作成したものと思われる。そして7日に一度の休日も確保できているし、コロナ休業の日にちもしっかりと確認できる。
一見、なんの問題もなさそうな書類だが、よく見ると出勤日の労働時間が10時間から12時間程度あり、長いときは15時間もある。コロナ休業を挟まなくても優に法定労働時間を超えているし、36協定を締結していたとしてもその上限すら余裕で突破している。
動悸と脂汗が止まらない私は社長へ質問する。
「これは、シフト通りの勤務時間ですか?それともたまたま毎日残業があったとか・・」
「シフト通りですよ。うちはほとんど残業させないんで!」
おぉ、神よ。
たとえば素人ならば、このパッと見でちゃんとしていそうな出勤簿と賃金台帳を基に、申請様式を埋めて提出するのかもしれない。だがこれは、助成金の申請以前に大問題が勃発しているわけで、社労士ならば滝汗モノの案件。
社長は「シフトで決めた労働時間以内であれば残業代は不要」と考えていたらしい。だから一日12時間働いても割増賃金の支払いがなかったのだ。さらに問題なのは、月給を所定労働時間で除すると最低賃金を下回ることだ。そうなると、この金額から算出した休業手当(平均賃金の6割以上)というのも引っかかってくる。
いやはや、残業代は未払いだわ、最低賃金はクリアしていないわ、36協定の上限を超えているわ、深夜0時を超えて労働があった日が休日だわ、法律違反のオンパレードである。
そして助成金というのは、不正受給の防止を図るため、後日、事業所への立入り検査等が行われる可能性がある。さらに各種助成金は国の会計監査の対象となるため、申請書類のみならず会計帳簿等についても5年間の保管義務があり、書類を破棄してしまった日には大変な痛手を負うことになる。
ちなみに我々社労士も連帯責任の義務があるため、命が惜しければ不正受給に加担するような真似は絶対にしない。もし不正受給を助長するようなカスがいたら、それは正真正銘のバカでクズだ。悪口でもなんでもない、紛れもない事実だ。
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というわけで、是正しなければならない現状の説明と指導をし、助成金というものがどれほど恐ろしいものなのかをクドクドと伝え、社長も私も疲れ果てた一日であった。
助成金申請を代行することは、決してラクな商売ではないのだ。
サムネイル by 希鳳
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