滅多に使うことのないJR代々木駅で降りたわたしは、友人からの連絡を待っていた。
それにしても、この代々木駅というところは予想以上にヒトで賑わっている。大したランドマークがあるわけでもなさそうだが、新宿の隣だからなのか——。
そうこうするうちに、待ち合わせをしている友人からメッセージが届いた。
「東口へ来れる?」
わたしがいる場所は西口なので、どうやら反対側へ行く必要があるらしい。そこで、駅周辺の地図にてそれぞれの場所を確認してみたところ、高架をくぐって向こう側へ回ると東口へたどり着ける模様。
(よし、行ってみるか)
代々木駅を通る路線は、山手線と中央・総武線(各駅停車)の二路線で、いずれも高架されており人や車に影響はない。ところが、その高架を通り抜けた目の前に別の線路が現れた。
(なんだこの線路は・・・?)
生まれて初めてこの場所を通るわたしは、目の前に広がる立派な踏切と線路に驚きを隠せなかった。調べてみると、これは「山手貨物線」と呼ばれる田端駅付近から大崎駅付近までを結ぶ貨物列車の線路で、現在では湘南新宿ラインと埼京線が通っているとのこと。
しかも、貨物列車のような長大編成車両専用であることや、保守・退避スペースが確保されていることから、線路間の幅がゆとりを持って作られてるため、踏切を渡るにも一苦労。それにしても、すごい景色だな——。
線路の真ん中に立ち止まると、改めて左上にそびえ立つ代々木駅を眺めてみた。地面から測るとかなりの高さにホームと線路が走っていることが分かる。これらを作り上げるのに、どれほどの期間と作業員、費用を要したのだろうか。
(・・あれ?ていうか、東口なんてなくない?)
その時、わたしは「東口」の存在がないことに気が付いた。いかんせん、代々木駅は高架されているので、隣接する・・といっても地面なのだが、そこには広々と貨物線路が横たわっているだけで、駅の改札などどこにも見当たらない。
そんな”断崖絶壁の代々木駅裏側”を見つめながら、素晴らしく見通しのいい線路越しに東口が見当たらないことを確認したわたしは、「本当にこっちでいいのだろうか・・」と、一抹の不安を覚えながらも正面を向き直ると歩を進めた。
——と、その時。わたしの前を歩く一人の男性が、何とも言えない衝撃的な表情でこちらを振り返ったのだ。
思わず目が合った我々だが、男性はポケットからスマホを取り出すと「あ、もしもし?」と会話を始めた。だが、すぐに男性が立ち止まったため、わたしが彼を追い越す形で先へ出ることになった。
(それにしても、彼はなぜあんな驚いたような・・まるで殺人現場を目撃したかのような顔で、こっちを振り返ったんだろう)
あまりにインパクトの強い表情だったことが引っかかるわたしは、男性に何が起こったのか、あるいはわたしに悪霊でも取り憑いていたのか、なぜあんな顔で振り返ったのかがとても気になった。——初対面どころか、突然振り向いてあんな恐怖の顔をされたら、誰だって理由が気になるに決まっている。
などと思いながら彼を追い越した次の瞬間、急に背後から悶絶するかのような叫びが聞こえたのだ。
「っていうか、イッテェェェー!!ちょっと待ってもらっていいっすか?オレ、いま踏切でめっちゃ派手に転んで、足やっちゃったみたいなんすよ」
(・・・なるほど、そういうことだったのか)
*
わたしが山手貨物線に目を奪われていた隙に、どうやら彼は派手に転んだのだ。そして、わたしが前を向いた瞬間に彼が後ろを振り返ったのだ。だから、あんなホラー映画ばりの衝撃的な表情をしていたのだ——。
時間にしてたった5秒の出来事だが、人生何が起こるのか分からないものである。
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