港区における、自然かつ安全な「ナンパ」のしかた

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これが異性だったら、わたしはナンパしたことになるのだろうか——。

 

近所にあるオープンテラスのカフェで、それはそれは愛くるしい黒パグを発見した。もちろん、飼い主と一緒であり迂闊に手を出すことはできない。だが幸運にもわたしの隣りのテーブルが空いたため、黒パグと飼い主——スタイリッシュなメガネが似合う、明らかに地元民であろう美女——が着席したのである。

 

それにしても、なんとめんこいパグだ。ブサカワの象徴である鼻ぺちゃに片方だけ裏返った耳、そしてちっちゃな肛門を見せつけながら、小刻みに尻尾を振っているでわないか。

わが家の愛犬・フレブルの乙に勝るとも劣らないブサカワパグの名前は、ムーちゃん。まだ子どもであろう小さな体を震わせながら、都会的美女(飼い主)からおやつをもらうべく目を輝かせている。

 

「ちょっと待っててね」

ムーちゃんを残して、都会的美女は飲み物を買いに店内へと消えた。任せてくれ、なにがあろうとわたしがムーちゃんを守ってみせる!

 

わたしは仕事の手を止めてムーちゃんを観察した。生後半年、いや、一年くらいだろうか。その小さな体は真っ黒な毛で覆われているが、ツヤツヤの毛並みにはキューティクルが光っている。きっと毎日ブラッシングをしてもらい、上質な食事をとっているのだろう。

そしてつぶらな瞳を潤ませながら、ご主人様が消えていったカフェの入り口をじっと見つめている。・・あぁ、なんて純粋かつ従順な犬なんだ。さらに、たまにわたしと目が合うもすぐに逸らし、その場から一歩も動くそぶりを見せない忠犬っぷりには妬けてしまう。

このままさらって帰りたい衝動に駆られながらも、理性を総動員させてムーちゃんの警護にあたっていたところ、飼い主である都会的美女がコーヒーを片手に戻って来た。

 

そそくさとわたしは視線をパソコンに戻すも、おやつをもらうムーちゃんの動きが視界の隅から離れない。あぁ、なんとパグらしいお茶目な咀嚼なんだ——。

横目でチラ見をしていたつもりが、気付くと都会的美女と目が合ってしまった。

(ま、まずい。ガタイのいい変質者だと思われたら事だ!)

 

そこでわたしは一呼吸おいてから、余裕の笑みを浮かべつつ美女に話しかけた。

「ワンちゃんは何歳ですか?」

これこそがシロガネーゼ御用達のパワーワードである。そう、ここ白金では、多くのマダムが犬を連れてカフェに立ち寄る習慣がある。これこそが地元民の象徴であり上級国民としての勲章なのだ。

白金高輪駅周辺のカフェで犬を連れてくつろぐことができるのは、半径2キロ以内に住む貴族に限られる。名札などつけなくてもその顔には「シロガネーゼ」と書かれているわけで、見ず知らずの飼い主同士であってもどこか共通のプライドを感じるのである。

 

そしてわたしも、当然ながら犬を飼っているシロガネーゼになりきって、黒パグの飼い主である美女に微笑みかけたのだ。・・これならば怪しくない。どこをどう見たって自然である。

「1歳2ヶ月です、もっと若く見られることもありますが」

なるほど、予想通りの若々しさだ。さらに飼い主というのは、自身のペットを褒められるといい気分になるもの。それは自身を褒められる以上に嬉しいわけで、いついかなる時でもまずはペットを褒めるべきなのだ。

まぁ実際のところ、今回に限っては飼い主を褒めてもよかった。それに値するだけの美貌とスタイルを持った女性であり、ヒトとしての完成度も高かったからだ。

 

その後、黒パグの名前が「ムーちゃん」であることや、週に何回かここで散歩の休憩をしていることを知った。そこでわたしは、乙の画像を見せたりカピバラの話をしたりと、動物好きの優しい人間んであることをアピールし、怪しい人間ではないことを印象づけた。

だが、ふと「これって、ある種のナンパなんじゃないか?」と考えた。現にわたしは、黒パグのムーちゃん可愛さに話しかけたわけだが、飼い主である美女と会話ができたこともかなりのラッキーだったわけで。

こう言ってはなんだが、これで飼い主が太ったオッサンだったら、きっと犬の年齢や名前を聞くことはなかっただろうし——。

 

そうか、港区女子を自然にナンパするには、「ワンちゃんは何歳ですか?」から始めればいいわけだ。

 

 

というわけで、今日のタリーズのコーヒーは一段と美味く感じたのである。

 

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