黒カビ・ジハード

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わが家の素晴らしいところは、最寄り駅まで近いことと天井が高くて解放感があることだ。その他に褒められる部分はない・・というのも、特筆すべき事項かもしれないが。

そしてわたしは今、夜中に一人でフローリングをゴシゴシと必死にこすっている。

(・・クソッ、なんでこんな不快な作業をしなきゃならないんだ!!)

 

 

今日は春らしい天気に恵まれ、気温も高くて過ごしやすい一日だった。

そのため、夕方になって帰宅したわたしは、もわっと蒸し暑い室内の空気を入れ替えるべく、ベランダのドアや洗面所の窓を全開にした。

 

そして夜が更ける頃、さすがに肌寒さを感じたわたしは、ベランダのドアを閉めようとドアグリップに手をかけた。

あと少しでドアが閉まる・・というそのとき、わたしは全身の体毛が逆立つ感覚に見舞われた。——そう、ドアのサッシから壁からフローリングまで、びっしりと真っ黒なカビが生えていたのだ。

 

(・・・・・・)

 

正直、驚きはしなかった。なぜならこれは二度目の出来事だからである。

数年前の冬、滅多に開けることのなかったブラインドをたまたま持ち上げたところ、ガラスはびしょびしょに結露しており、接する壁や床には黒いカビが生えていたのだ。

 

あのときはあまりに衝撃的かつ不快な光景だったため、証拠写真を撮る間もなく素早く掃除をしてしまった。

それから管理会社へ連絡をしたのだが、「そんな話は聞いたことがない」と、まるでわたしが結露させたかのような言い方をされて発狂した記憶が蘇る。

後に業者を手配してもらい、室内の湿度や構造・生活習慣などを調査したところ、「とくに問題のある生活習慣ではなく、なぜここまで結露するのかわからない」という結論に至ったのだ。

 

だが、そんな平凡な回答に納得のいかないわたしは、考えられるであろう事情を厳しく問い詰めたところ、どうやらわたしの部屋が最上階であることと、窓ガラスが東南に位置すること、おまけに気密性の高いつくりであることから、屋外との寒暖差が他の部屋よりも大きくなっているのではないか・・という、改善のしようもない理由に落ち着いた。

しかしこれにより、わたしに非がないことが証明されたわけで、とりあえず敷金が戻ってくる可能性をキープできたのである。

 

あれから何年か経ち、再びこの黒カビの群集と対面したわたしは、努めて冷静に"かんたんマイペット"を手に取ると、カビ掃除を始めた。

サッシや漆喰の壁に付着している黒カビは、こすれば簡単に堕ちるほど一般的な汚れと同程度のしぶとさだったが、フローリングのカビ・・というか、フローリングを蝕んでいるカビと湿気は、表面の塗膜を溶かして化粧板自体を浸食していた。

 

白っぽく剥がれた塗膜と、黒ずんで水気を帯びた木材とを憎々しげに睨みつけながら、「いずれにせよ、わたしに問題があるわけではないから、誰かに責められる筋合いはない」と言い聞かせた。

それでも視線を外すことができないほどの、黒カビの悍(おぞ)ましさと不愉快さに発狂寸前だった。

 

(ということは、このドアだけでなくあっちのほうも全部こうなってる・・ってことか?)

 

三枚あるガラスドアのうち、一番右の一枚しか見ていないわたしは、とりあえず手の届く範囲で黒カビを除去したところで、残りの二枚についてもブラインドを上げて確認した。

(・・・・・・・・)

いうまでもなく、どちらもビショビショでびっしりと黒カビが生えていたのだ。

 

目に見える範囲・・というか手の届く範囲の黒カビはすべて拭き取ったが、わが家の長所である「天井の高さ」が邪魔をして、頭上のサッシや壁に付着したカビは除去できなかった。

(これすなわち、わたしは今までもこれからも、この黒カビと共に生きていく・・ということなのか?)

 

不快、不潔、不穏、不愉快——。ネガティブな意味を表す熟語であれば、どれでも当てはまるであろう苛立ちに見舞われたわたしは、どうにか怒りを抑えながら思いを巡らせた。

(もしかして、毎年3月に発症する咳喘息の原因は、この黒カビのせいだったりしないだろうか・・・)

 

黒カビは人体に有害であり、吸い込むとアレルギーや呼吸器系の疾患を引き起こす恐れがある厄介な生き物だ。

微生物であるがゆえに"生き物"というカテゴリーに分類されるが、われわれ人間になんらいい影響を与えないあいつらに配慮など必要ないわけで、完全に撲滅させなければならない。

 

なんせ手が届かないところで、のうのうと生きる黒カビがいる限り、わたしの生活は常に危険と隣り合わせである。そしてなにより、怒りと憎悪がこみ上げ溢れ出てしまうのだ。

健康面からみても精神衛生面から考えても、あいつらを放置していいはずがない——よし、脚立を購入して戦おう。

 

 

こうしてわたしはAmazonを開くと、カビを撲滅させるための武器となる「脚立」をクリックしたのである。

 

Illustrated by 希鳳

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