雨にぬれても

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お気に入りの服や靴を買ったはいいが、滅多に着用せずにしまい込んだり、誇らしげに飾って眺めたり、そんなタイプはいないだろうか?

わたしは逆にお気に入りばかりを着用するため、すぐダメにするタイプだ。とくにダメージ加工のデニムは、ヘビロテするとダメージ度合いが加速するため、股の部分にデカい穴が開いてしまい、胡坐をかくとパンツ丸見え!なんて一張羅が何本かある。

 

かつて靴職人がこう言っていた。

「革は熱に弱いので毎日履かないでください。型崩れや劣化の原因となります」

たかが体温といえど革には過酷なストレスとなる。さらに足の汗による湿気も革には悪影響を及ぼすため、できれば24時間風通しのいい場所で静かに休ませてやってほしい、とのこと。

たしかに、革ベルトも日に日に変形するため、使うたびに上下を逆にすることでなんとか直線を保っている。手間暇かけてでも、どうせなら気に入ったものを着用したいわけで、これは食べ物にも通ずるものがある。

 

わたしはデザートを先に食べる習性がある。これはデザートに限った話ではなく、その時点で好きな物を先に食べるという趣旨。

また、美味いと思ったらそればかりを食べるのも特徴といえる。白米が美味ければ白米だけをひたすら食べるのだ。おかずなど要らない、ホカホカでツヤツヤな白米の邪魔をしないでもらいたい。

 

そんなわたしはつい先日、とある折りたたみ傘をネットで購入した。AIによるターゲティングから導き出された、わたしへのパーソナライズド広告に釣られて、超軽量折りたたみ傘(3,099円)をクリックしてしまったのだ。

しかし驚くべきはその重さ。なんとたったの69グラムしかないのだ!例えるならば、単2乾電池と同じ重さ。食パン一枚よりも軽いのだから、それはもう重さとしてカウントする必要がないだろう。

謳い文句は「存在感ゼロ!」、人によってはなんともツラい響きに感じるかもしれない。だが持ち運びする側からしたら、存在感こそが最もいらない要素のため、間違いなく最高の商品だ。

 

傘の軸はアルミニウム、骨はカーボンファイバーという組み合わせ。傘布は超撥水加工が施された15デニールの高密度ナイロン生地でできており、十分な強度と驚くほどの撥水力をみせる。さらに、折りたたんだ傘をクルクルと丸めた直径はわずか3センチ。キュウリよりも細いのだ。

 

そもそも折りたたみ傘を手にするのは、家を出る際に雨が降っていない時に限る。玄関の時点で雨が降っていたら、通常ならば大きな傘をさして出かけるからだ。それ以外では、雨が降っているといっても小雨で、すぐに止みそうな場合に折りたたみ傘が重宝する。

つまり、どしゃぶりの雨や台風のような強風時に、わざわざ折りたたみ傘を使う変わり者はいない。ということは、広げたサイズが小さかろうが、風に煽られてひっくり返ろうが、そこは目を瞑るべき部分。

そもそもそんな劣悪な雨環境下で、超軽量折りたたみ傘を使うほうが間違っているからだ。

 

こうして、毎日使用するリュックの底に、食パン一枚よりも軽い折りたたみ傘を忍ばせることにした。

(これで突然の雨が降っても濡れることなどない)

ちなみにリュックではなく、フーディーのポケットに入れておいてもまったく重さを感じない。スマホを入れておくだけで前下がりになるフーディーが、折りたたみ傘では型崩れすらしないのだ。

 

久々にいい買い物をした、と上機嫌のわたしの頭上からポツポツと雨が降って来た。これはまさに折りたたみ傘の出番――。と思ったが、なんとなく使うのが惜しいように思えてきた。

よく見るとそれほどの雨でもない。たしかに誰もが傘をさしているが、それは遠くから歩いて来たり、雨にナーバスな人であったりと、個々の事情があるからだ。そもそも駅は目の前だ。走ればいいじゃないか。

 

わたしは即座に走り出した。走ることが大嫌いなわたしだが、超軽量折りたたみ傘をわざわざ使うくらいなら、濡れたほうがマシだと判断したからだ。

(大体、日本人はちょっとでも雨が降ればすぐに傘をさす民族である。ロンドンなど、結構な雨が降っていても誰も傘などさしていなかったからな)

駅に着くと、濡れた犬のようにブルルっと体を震わせて水滴を飛ばし、そのまま地下鉄に乗り込んだ。

 

また別の日、用事を済ませて外へ出ると雨が降っていた。比較的大粒の雨だが、その日はパーカーを着ていたため、フードをかぶると一気に走り抜けた。

(フードがあるのに、わざわざ超軽量折りたたみ傘を使うこともない)

帰宅するとすぐさま、風呂を沸かして洗濯機を回した。

 

 

こうしてわたしは、超軽量折りたたみ傘を御守り代わりに持ち歩き、雨が降れば率先して濡れる生活を送っているのであった。

 

サムネイル by 希鳳

 

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