北赤羽にある珈琲店で、焙煎したてのコーヒーに舌鼓を打っていたところ、二人の若い女性が入店してきた。ニット帽の下から覗くきれいなオデコが眩しいスポーティーな二人は、まるで姉妹のように似通った雰囲気とスタイルだが、聞いてみると友達(同級生)とのこと。そしていずれも薬指に指輪が光っているため、既婚者の模様——うらやましい。
このカフェは女店主が一人で切り盛りする"地元の珈琲店"のため、わたし以外はほぼ地元の常連客かつ年齢層は高めというラインナップ。そんな中で、珍しくフレッシュな若者を見つけたわけだが、彼女たちは今回が初来店とのころ。
「前から入ってみたいと思っていたんだけど、中が見えないから躊躇してて・・今日は友達とウォーキング帰りに寄ってみました」
なるほど・・確かにこの店、窓のない木製の扉を押し開けなければ、中の様子をうかがうことができない。そのため、一人で初めてドアを開けるのはかなりの勇気が必要となる。かくいうわたしも、初回は「この店、マジでやってるのか?」などと訝しがりながら店の前をウロウロしていたところ、たまたま出てきた店主に声をかけられて入店したのがきっかけだった。
あのとき彼女が現れなければ、わたしは未だにこの店へ足を踏み入れていないだろう——。
というわけで、女店主と三人の来店客でちょっとした"女子会"が始まったのである。
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「埼京線が止まってるんだよね。赤羽と十条の間で人身事故だって」
港区在住のわたしがなぜ北赤羽の珈琲店にいるのかを説明する中で、今ここにいる一番の理由として「帰ろうにも帰れない理由」があることを話すわたし。もうかれこれ一時間が経過するが、未だに埼京線は止まったままなのだ。
そして埼京線というのは、とにかく「人身事故と痴漢が多い」で有名な路線。痴漢に遭ってみたいと願いながら数十年、電車も夜道も常に身構え・・いや、待ち焦がれているわたしからすると、こんなに埼京線を利用しているにもかかわらず、なぜ一度もそういった事件に遭遇しないのか不思議である。
友人からは「完全に不審者のオーラ放ってるから、そりゃ痴漢も寄ってこないよ」と言われたが、ただ単に痴漢に遭いたいわけではなく、いかにして対峙できるのかを試す目的があるので、神経を張り巡らせているのは当然。そんな気合いが空回りした結果、日頃の鍛錬の成果を発揮する日は来ないのであった。
「私も何度か痴漢に遭ったことあるんだけど、アイツら賢くて『痴漢をした』って証拠を残さないやり方をするんですよ」
片方の女子がそう言いながら、学生時代に痴漢に遭ったときの話をしてくれた。言わずもがな、満員電車で周囲の乗客と接触しないことなど不可能なので、なんらかの弾みで男性の手や肘が女性の胸や尻に当たることはあるだろう。だが、確信犯的に触れてくるプロというのは、明らかにその「手」に違和感があるとのこと。
「アイツら、胸やお尻の位置に自分の手が自然に当たるようなバッグの抱え方をするんですよ。だからこっちも『偶然かな・・』と思っちゃうんだけど、それでも目が合ったら逃げるから、『あぁ、やっぱりそうだったんだ』って」
・・よく聞く話ではあるが、女子高生のプリっとした尻やオッパイに触れたい!と思えば、自ずと手に力が入るもの。そして、奴らは主に「手の甲」で触ってくるため、全神経を手の甲に集中させなければならず、そうなるとどうしても手の甲に妙な覇気を纏うことになる。
人間というのは不思議なもので、集中している相手がいるとなぜかその雰囲気を察することができる。それだけ、何らかのオーラを放っているのである。
痴漢をする側も「これは犯罪行為である」という認識はあるわけで、だからこそ"失敗したら一巻の終わり"という覚悟をもって挑んでいるはず。それゆえに、自ずと手の甲から妙なエネルギーを発してしまい、その違和感が女性側に伝わった結果、「これはわざと触ってる」という真実を伝えてしまうのだ。
中には「そんなの勘違いかもしれないじゃないか!」と言う者もいるだろうが、それはない。明らかに嘘をついている素振りや、隠し事をしている様子に気がつかない・・という間抜けは、実はそんなにはいないからだ。口にせずとも「あ、これは嘘だな」とか「隠したい事情があるんだろう・・」などと、相手の嘘を追求せずに受け入れた経験は、誰しもがあるはず。そのくらい、不自然な違和感を察する能力がニンゲンにはあるわけだ。
だからこそ、痴漢側からするとごく自然な流れで手が尻に触れたはず・・と思っている行為でも、触れられた女性側からするともの凄い違和感——ある種の"必死すぎるエネルギー"を察知しているのである。
(ということは、逆にわたしも「さぁ、来いっ!!」的な、前のめりのエネルギーを放ちすぎてるのかもしれないな・・)
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やはり「自然な振る舞い」というのが、誰からも自然と受け入れられるものなのだ。
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