自宅に物を置きたくない主義のわたしは、室内に配置された品々が廃棄可能か否かを、頻繁にチェックする癖がある。そのため、時には買ったばかりの商品でも迷わず捨ててしまったり——。
とはいえ、いわゆる「ミニマリスト」ではないので、部屋に物がまったく存在しないガランとした空間・・というわけではない。おまけに、ジャケットやズボンは似たような色・形のものが多く、時にはまさかの同一商品を購入してしまうことも。
それ故に、衣装ケースへしまう際「ん? なんだこの似たようなズボンは・・ハッ! まさかの二本目じゃないか!!」なんてことも、たまにというかそこそこあったりするのだ。
まぁ、「好み」というのはそう簡単に変わるものではないので、似たような系統を選んでしまうのは致し方ないこと。とくに、シーズン前に購入した衣服や靴が、フタを開けてみるとほぼ同じだったりして、狙ったわけではないのに「お揃い又は色違い」のラインナップが増えていくのである。
そんなわけで「捨てたい衝動」に駆られたわたしは、ピアスやネックレスなどアクセサリーが入った缶を漁っていた。すると奥の方から、フロントに小さなダイヤが付いたティファニーのネックレスを発見した。
わたしの好みとは思えないほど、エレガントで華奢なつくりのネックレス——これを購入したのは、一体いつ頃だろう。
しかも数年前、このネックレスのチェーンをカットした記憶がある。Tシャツの首元から見えるくらいのサイズにしたくて、ネックレスというよりチョーカーの長さにしたのだ。
その際に、銀座ティファニーの店員から「立派なお首ですね」とディスられた・・いや、褒められた記憶が蘇る。
そんな、久々のご対面となったティファニーを着用してみたところ・・心なしかキツイではないか——犬の首輪というには細すぎるが、金属製のタコ糸で首を絞められているかのような、下を向くと首を圧迫される違和感というか不快感に襲われる。
(いつの間にか首が太くなったのか? いずれにせよ、このままでは首が苦しいだけでなく、ふとした拍子に千切れる可能性もある。不本意ではあるが、もう一度長さを足してもらおう)
よくよく考えれば、こんな華奢なネックレスを身に着ける機会などほとんどない。それよりなにより、留め金が小さすぎてうまく着脱できないため、他人の助けがないと”束縛”から解放されない・・というリスクがある。
だが、万が一ティファニーの力を借りる場面が訪れたときに、シルバーのタコ糸で首を絞めた状態で登場するのはどうかと思う——やはり今のうちに、長さを調整しておこう。
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池袋のティファニーを訪れたわたしは、「たとえ5ミリでも、長さを足す場合は1万1千円かかる」という説明を受けた。そのうえで、店員からこんな提案をもらったのだ。
「チェーンが切れた際に同時に長さを足すと、チェーン代(1万1千円)のみで直せます」
(なるほど・・これは十年以上前に購入したもので、決して新しくはない。もしも今、長さを足してその後すぐに切れてしまったら、それこそ1万1千円が無駄になる。だったら、切れるまで待ってチェーンごと交換するのが得策ではないか)
そんなことを考えながら店員の話にウンウン頷くわたしは、目の前に置かれたデカい鏡越しに、店員が密かに口元を押さえていることに気が付いた。
(え、なにがおかしいんだ? わたしのどこを見て笑いをこらえているんだ・・)
改めて鏡を直視したところ——なんと、(首を絞めつけているネックレスの)フロント部分にあるダイヤが、わたしが頷くたびに起き上がったり寝たりピョコピョコしているではないか!
(こ、これはシュールすぎる。意図せずしてダイヤがピョコピョコするなんて、自分ですら笑いをこらえるのに必死なんだが!!)
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こうして、短いままのネックレスを持ち帰ったわたしは、このままでは着用できない「商品価値のなさ」による捨てたい衝動を堪えつつ、
「どうせ着けないんだから、チェーンが切れる日なんてこないんじゃないか?」
という、かなり現実的な懸念に悶々とするのであった。





















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