キッチンは滅多に使わないがシンクやガスコンロをピカピカに磨くのが趣味のわたしは、このマンションへ引っ越して10年、とある驚愕の事実に直面した。
水回りのキレイさだけがウリのわが家において、とてもじゃないがそんなことを自慢できないであろう汚れ・・いや、もはや化石のようなおぞましい状態となった"蛇口の裏側"に、気がついてしまったのである。
(・・・なんなんだ、この鍾乳洞っぽい塊は)
たまたまのぞき込んだ蛇口の裏側に、白色のセメントのような塊がこびりついており、さらには緑色っぽいカビと思われる物質まで付着していたのだ。
キッチンの主な用途としては、コーヒーや茶を入れるために水道水を使ったり、使用済みのマグカップやタンブラーを洗浄したりすることだが、まさかわたしはカビを伝って出てきた水を飲んでいたのか。
とはいえ、なんら健康被害は発生していないわけで、さほど人体に影響はないのだろう。だがカビを通過した水など、想像しただけで不味そうじゃないか。これはどうにかしなければ——。
とりあえずネットで調べたところ、どうやら"水垢が石灰化したもの"らしい。そして落とし方としては、"酸性洗剤かクエン酸を使って石灰を溶かしてから磨いて落とす”という方法が推されている。だが、酸性洗剤といえばトイレ用洗剤しかないし、クエン酸などわが家にあるはずもない——というわけで早速、我らがAmazonにて強力な味方を購入したのである。その名も「カルシウム汚れ職人」だ。
技術人魂シリーズで有名な、株式会社允・セサミの人気商品であるこの洗剤は、水回りのカルシウム専用の汚れ落としである。落ちにくい頑固なカルシウム系の汚れを、有機酸と無機酸さらに二種類の界面活性剤によって分解・溶融するのが特徴とのこと。
(シャワーヘッドの穴〈散水板〉の白い汚れも落とせるのか・・)
こうなったらわが家の蛇口やシンクをすべてピカピカにしてやろう!
*
そして届いた「カルシウム汚れ職人」は、木工用ボンドのようなフォルムの容器にインパクトのあるパッケージが目印。早速キャップを外すと、蛇口の裏に向かって液体をぶっかけた。するとすぐさま白い泡が現れ、なんらかの化学反応が始まった。
そこですかさず、割り箸の側面で"カビた鍾乳洞"を擦りまくった。なぜ割り箸かというと、商品ページにワンポイントアドバイスとして紹介されていたからだ。たしかに、ブラシやスポンジといった柔らかい素材の道具では、このガチガチの鍾乳洞は落とせない。いくらカルシウム汚れ職人が有能とはいえ、層状に分厚く堆積したカルシムは液体の力だけでは除去困難なのは明らか。そこで、金属を傷つけずに鍾乳洞をこそげ落とすアイテムとして、「身近にある割り箸を使う」というアイデアを授けてもらったわけだ。
こうしてわたしは、一心不乱にカビた鍾乳洞を削り取った。みるみる本来の艶と輝きを取り戻すステンレスたちを見て、誇らしい気持ちになると同時に"ある種の興奮"すら覚えた——いいぞいいぞ、その調子でどんどん輝くのだ!!
どうせならばと風呂場のドア・・というか、単なる一枚ガラスが左右にスライドするだけのものだが、そこに付着した白い水垢——通称「ウロコ汚れ」にも液体を垂らしてみた。そして硬めのブラシでこすってみたところ、案の定こちらも見事に落ちるではないか。
トランス状態のわたしは憎きカルシウム鍾乳洞を始末するべく、カルシウム汚れ職人と割り箸、そしてナイロンブラシを握りしめて黙々と戦った。
あぁ、こんなにも真摯にカルシム汚れと向き合ったことは、未だかつてなかった。そして、一心不乱に奴らが作り上げたテリトリーを破壊する行為は、なんと清々しいのだろう!
*
カビた鍾乳洞とウロコ汚れの始末をある程度終えた時点で、わたしは己の指先がふやけてシワになっていることに気がついた。おまけに、粘液をまとったかのようにヌルヌルしているではないか。まさか、このまま指紋が消えるのでは——。
「使用上の注意:保護具をつけて必ず換気をしながら使用する、肌や衣服に付着したらすぐに洗い流す」
「応急処置:皮膚についた場合はすぐに水で十分洗い流す」
・・まぁそうだろう。酸性洗剤を使用する際の至極当然な注意事項ではあるが、ツラの皮を含む全身の皮膚が厚くて丈夫なわたしは、酸の刺激に気づかなかったのだ。
というわけで、酸性でもアルカリ性でも化学熱傷の危険があるため、鍾乳洞やウロコを撃破する際には、防護態勢を整えてから挑んでもらいたいのである。
コメントを残す