Gone with the Wind

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(ここから離れたくない)

そう思う時があるとすればどんな時だろうか。ポジティブな意味で考えると、たとえば布団の中とか、こたつの中とか、そういった場所が思い浮かぶ。つまり人間は、寒い季節に暖かい場所を見つけると、そこから離れたくないと願う生物なのだ。

 

そして今、わたしは石油ファンヒーターの前にいる。こんな素晴らしい暖房器具が我が家にあるはずもなく、訪れた友人宅のリビングに設置されていたのだ。

ファンヒーターの素晴らしい点は、送風口が下についているため足元が温まること。ご存じの通り冷たい空気は低い場所に溜まるので、膝下の温度と上空の温度はまるで違う(我が家調べ)。しかしファンヒーターならば暖かい空気を思う存分足へと送り込むことができるので、トイレすらも我慢するほど、その場から離れたくない気持ちで一杯になるのだ。

さらにこいつは「石油」ファンヒーターなので、速暖性に長けたパワフルな温風が持ち味で、下半身全体を余すところなく温めてくれる。ましてやちょっとしゃがめば「頭のてっぺんからつま先まで」という言葉どおり、全身を温かい風が包み込んでくれるわけで、天国にいるかのような幸せな気分を味わえる。

 

これに比べて我が家の暖房器具といえば、天井に設置された(ベランダを暖めるための)無意味なエアコンと、縦長のハロゲンヒーターのみ。エアコンという言葉を聞くと腹が立つので無視するが、ハロゲンヒーターの弱点は正面以外を暖めることができないところだ。たとえば体の左側に立てておけば、左側面は熱いくらいに温まるが、正面・背面および右側はまったく温まらない。よって、人間自身がハロゲンヒーターに対して、定期的に体の向きを変えながら接することで暖を取るしかないのだ。

また足元専用のミニサイズのハロゲンヒーターもあるが、これもひたすら足元のみを暖めてくれるため、せいぜいスネが熱くなる程度で体全体が温まることはない。なかなか「帯に短し襷に長し」といったところか。

 

(あぁ、なんてパワフルな温風なんだ・・・)

思わずうっとり目を閉じてしまいそうな温かさ。足元にくっ付いてきたトイプードルも、石油ファンヒーターの風を一身に受けながら自慢の巻き毛をそよそよ揺らしている。

他人の家にもかかわらずヒーターの上にパソコンを置くと、送風口を占領しながら仕事を始めた。わたしの下半身に当たった風が上半身へと向きを変え、最後は顔面を撫でながら髪の毛まで温めてくれる。

「風が目に当たると、乾燥により角膜を傷つけるおそれがある」

そんなことはわかっている。実家にいるフレブルの乙も、ファンヒーターの前で寝そべっていたところ眼球に傷がついたからだ。ならば目を閉じていればいいだけで、気にすることはない。

 

(おまけに仕事もはかどるぞ!)

やはり寒さというのは、人間にとって大敵といえる。野生動物には冬眠という習慣があるように、命を維持するためには寒さを凌ぐ必要がある。さらに寒さは集中力や発想力を奪う。そりゃ、ガクブル震えながらいいアイデアなど浮かぶはずもない。

 

ぬくぬくと温かい風を独り占めしながら、わたしは楽しい妄想に耽っていた。だがそんな小さな幸せも終わりを迎える時が来た。

「そろそろ出かけないと」

静寂を破るかのように友人が告げる。

――イヤだ!ここを離れたくない!時間帯はもはや夜に入ろうとしている。ということは外の寒さは尋常ではないはず。なぜわたしがそんなところへ身をさらさなければならないのだ。このままヒーターの前で幸せな時を過ごさせてくれ!

 

・・ピッ

 

無情にも石油ファンヒーターの電源が切られた。それとともに、わたしは生きがいを失った。あぁ、またあのコンクリートでできた極寒の部屋へ帰らなければならないのか――。

 

次回引っ越しの際は、石油ファンヒーターが使用できる物件を探そう。

 

サムネイル by 希鳳

 

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