下半身肥大化ース  URABE/著

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昨日、オレは久しぶりに衣装ケースから引っ張り出された。何か月ぶりだろうか。ヘタすると一年ぶりくらいか。あぁ、やはりシャバの空気はうまい。

体質的に冬場の出番が多いオレ。というか「主」が寒い時期にしかオレを履かない、と言ったほうが正しい。

 

オレの生まれはアフリカのジンバブエ。標高1,500メートルの大自然の中、無農薬で栽培されたオレは、ヘビーオンスの分厚いジンバブエコットンでできているのが自慢。ジンバブエコットンは元来、ドレスやシャツにも使われる上質な生地。つまりハードでゴワゴワしたイメージのオレたちだが、足を通せば誰もがその柔らかさと履きやすさに驚くことだろう。

 

今から5年前、青山店にやってきた主はオレのデザインを気に入り、すぐさま購入を決めた。だがサイズで迷っていた主はスタッフに助言を求め、誰も聞いちゃいないのに

「ダボっと腰履きするから、大き目にする!」

と、わざわざ説明をしてから31インチのオレを手に取った。正直、試着の時点でダボっとしてなかったけどな。

 

それからしばらくは、毎日オレを履き続けた。季節は夏の終わりだったかな、まだまだ半袖の季節だが、早く色落ちさせたい主は汗だくになりながら、オレと一日をともに過ごした。まさに一日中、寝るときもオレを履いて寝ていたんだ。

そしていっちょ前に、

「デニムは洗っちゃいけない、ファブリーズと天日干しに限る!」

って息巻いてたんだが、スンドゥブチゲのスープをこぼして大慌てで洗濯機に放り込まれたときは、デカいこと言うわりに慎重さに欠けるアンタを残念に思ったことよ。

とはいえ、やはり15.7オンスという高密度のオレは、半袖の季節にはやや暑いのだろう。スンドゥブ事件以降、キレイに洗ったオレは衣装ケースにしまわれた。

 

それからしばらくして長袖の季節がやって来た。ヒートテックレギンスを履いた上にオレを履くと、他のズボンより確実に温かさを保てるらしく、冬の間は大忙しの日々を送った。

そしてまた半袖の季節とともにオレは衣装ケースで眠らされた。

 

 

こうして何度目かの冬のある日、つまり今日、久々の出番がやって来た。なぜ今日まで出番がなかったのかというと、ユニクロの「暖パン」てやつがお気に召したかららしい。しかも同じ色を2本ずつ、合計4本も購入しているから毎日履いても途切れることがない。

暖パンは暖かいだけでなく、かなり伸びる。ピタピタにフィットする素材ゆえ、足の太い主が履くとまるでレギンスのようなシルエットになる。しかし今日は上品な顧客との打ち合わせのため、さすがに暖パンではマズイと思ったようだ。いや、暖パンでは足のフォルムがモロバレのため、それが隠せる素材のズボン=オレしかいなかったのだ。

 

ややテーパード気味のオレは、腰回りがゆったりとしていて裾に向かって細くなっている。そんなオレを捲(まく)し上げる途中で、オレたちの不安は的中した。主の太ももでオレは身動き不能となったのだ。

オレはそもそもテーパード、つまり太ももあたりはゆったりとしたデザインになっている。しかも購入当初は「ダボっと履く」とかほざいていたわけで、確かにあの頃は太ももがパツパツにはならなかった。なんなら、少しつまめるくらいに余裕があった。

それが今、股の付け根に到達することなく、オレは太ももで立ち往生しているじゃないか。

 

出発の時間が刻々と迫る。焦る主はベルト通しのあたりを掴んで何度もジャンプする。少しでも引き上げたい一心で跳び続けるが、無情にも内転筋に阻まれる。

5分ほど格闘の末、主はあきらめてフロントボタンを閉めることにした。本来のオレはあと10センチほど上でないと定位置とはいえない。だが股下に空間ができている分、どうしても上げきることができないのだから仕方ない。

 

そして下からボタンを閉め始めるが、当たり前だが上の2つが留められない。そりゃそうだ、オレの上部がアンタのケツにあるんだから届くはずがない。本来のウエスト部分がヒップにきているわけで、ましてや臀部が100センチもあるのにどう考えたって物理的に無理なのだ!

哀れな主は必死に腹をへこませて少しでも細くなることを試みるが、残念ながらそこではない。オレはそもそも、アンタのケツで引っかかっているんだ――。

 

最終的に上2つのボタンは閉めず(閉まらず)にベルトでごまかすことになった。トップスはゆったりとしたニットなので、裾を引っ張ってベルトごと隠せば、まさかボタンが空いているなどとは誰も気づくまい。

 

しかしオレは、メンズの31インチだぞ。アンタの下半身はいったいどうなってるんだ?

 

(了)

 

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