ミッションインドッシブル、ヒト型クソババァロボットへの逆襲

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友人が、社員証とカードキーとデスクのキーまで自宅に忘れて出社した。

よっぽど仕事をしたくなかったのだろう。

 

しかも通常より2時間も早い出社のため、会社には誰もいない。

 

開くはずのない扉の前で彼女は仕事を始めた。

途中、掃除のおばちゃんに扉を開けるよう懇願するも、

 

「あんたがここの社員か怪しいもんだ」

 

と一蹴される。

そりゃそうだ、社員証がなければ証明もクソもない。

 

私は友人に妙案を授けた。

 

「監視カメラの前で倒れろ」

 

これなら確実にだれか駆けつけるはず。

掃除のおばちゃんでは開けられない扉も、警備員ならば開けてくれるかもしれない。

 

「し、心臓の発作で、く、薬をデスクに置きっぱなしで」

 

とか言いながら、震える指先でデスクを指せばいい。

しかし真面目な友人はそんなことはせず、所定の手続きを踏んで入室したようだ。

 

 

数年前、仕事でインドへ行くことになった。

そのためにはビザが必要なので、インドビザセンターへ出向いた。

 

ビザ申請といえば大使館のイメージだが、当時インドのビザ申請は、大使館ではなくビザセンターで行われていた。

港区のマンションの一階にあるビザセンターへ行くと、大勢の学生がたむろっている。

 

「インドで人生変えるんだ!」

 

なに腑抜けたことぬかすか。

こちらはビジネスでインドへ行くんだ。

お前らの戯言に付き合う暇などない。

 

イライラした私は学生を横目に、ビザセンターの門番っぽい女性に声をかけた。

そして持参した書類に目を通してもらう。

 

「こことここが違う、ここはこうよ」

 

フォーマットがわかりづらく不親切とはいえ、やけに修正指示をされる。

しかも手書きは不可のため、PCで入力してからプリントアウトしなければならない。

つまり、いったん帰宅する必要がある。

 

めんどくささに負けた私は、その日の申請を諦めた。

そして翌日、再びビザセンターを訪れた。

 

「ここも違うわね」

 

昨日の門番が、昨日とは違う部分について指摘をした。

しかもかなりどうでもいい内容。

昨日はそこについて触れられませんでしたが、と言いかけたとき、

 

「後ろがつまってるからやり直してきて」

 

と、手でシッシと追い払われた。

振り向くと戯言をぬかす学生どもの列。

 

時間は昼近く、インドビザセンターの閉館は正午。

さらに明日は日曜日、そして月曜日は祝日。

 

ーーこれでやり直したら火曜日になる

 

イライラのボルテージがマックスに近い私は、強行突破を試みた。

 

ビザセンターの作りとして、この門番、もはやクソババァだ、ヤツを突破しなければ申請窓口へたどり着けない仕組みになっている。

ババァはドアの目の前に立っており、彼女をクリアした勇者のみがドアを開けることを許される。

 

そして本日、だれもそのドアを開けた者はいない。

 

ドアの奥には大使館職員かそれに準ずる人間が待機している。

 

あそこまでたどり着ければなんとかなるはずーー

 

ババァが学生らを蹴散らしているうちに、しれっとドアを開けてみた。

その瞬間、

 

「ちょっとアンタ!なに勝手に入ろうとしてるの!帰りなさい!!」

 

ものすごい剣幕で怒鳴りつけられた。

あれぞまさしくクソババァだ。

 

私を怒鳴ってからのババァは誰に対してもそのテンションで怒り散らし、学生含むすべての申請者を斬り捨てた。

 

ーーこれはマズいな

 

とばっちりをくらわないように外へ出た。

そしてビザセンターの入っている建物をぐるっと一周した。

 

マンションの一階ゆえ、ビザセンター職員以外の人間の出入りがある。

またマンションの裏では、肩身せまくタバコを吸う職員の姿も。

 

ーーこれしかない

 

インドへ渡航できないのは困る。

クライアントはすでにビザを取得済みらしい。

私のせいでプロジェクトを台無しにすることなどできない。

 

私は、喫煙が終わった職員の背後にピタリとつき、建物に侵入した。

そして職員のIDカードで、通用口からビザセンター内へ侵入することにも成功。

 

さらに脳内見取り図を頼りに、申請窓口へとつながるドアを予測し、そこへ向かって真っすぐ歩いた。

 

ーーここで違和感を出したら終わりだ

 

そう、私は不法侵入者だ。

ここで捕まったらビザどころの話ではない。

 

気配を消し、キョロキョロせず、颯爽とドアに向かって直進した。

 

そしてドアノブに手をかけようとした瞬間、私の中で時が止まった。

 

なんと、ここにもIDカードをかざすリーダーが付いているではないか。

 

ーー終わった

 

人生が終わった。

インドは人生を変える国なのだろう。

私の人生はインドと関わったせいで終わってしまったのだ。

このまま取り押さえられて警察行きか。

 

 

絶体絶命のがっけっぷち、突然、目の前のドアが開いた。

申請窓口側から女性職員が、偶然こちらへ入ってきたのだ。

 

「あ、ごめんなさい」

 

カタコトの日本語でその女性は微笑んだ。

彼女とすれ違うように、私は申請窓口のある部屋へと足を踏み入れた。

 

ーーインドが私を呼んでいる

 

そう思うしかないだろう、こんな偶然。

 

 

窓口に立ち、先ほどババァにダメ出しされた書類を提出した。

いくつか質問はされたが難なくクリア。

 

(やっぱりこの程度の相違は問題ないんだ)

 

受理控を受け取ろうとした時、背後からアノ声が。

 

「ちょっとアンタ!!なんでそこにいるのよ?!」

 

クソババァだ。

 

「どうやって入ったのよ!私は通してないわよ!」

 

ツカツカと歩み寄ってくる。

窓口の女性の顔がこわばる。

 

私は小声で、

 

「書類持って消えて、はやく」

 

と女性に指示した。

女性は察知し、すぐさま席を立ち窓口のブラインドを下した。

 

私のもとへたどり着いたババァは、一瞬遅かったかという表情でため息をついた。

そして、

 

「さっさと帰りなさい」

 

なんと、初めて笑ったのだ。

 

クソババァでも笑うことあるんだーー

 

最後の最後に和解できた気がしたのは、きっと向こうも同じだろう。

いや、もしかすると業務時間が終了したからなのかもしれない。

 

思うにあれは、ヒト型ロボットだったのだ。

 

クソババァ風のAI搭載ヒト型ロボットと考えると合点がいく。

徹底的に正しいことしか認めず、容赦なく斬り捨てる。

人の情けなど微塵も感じない無機質でヒステリックな表情。

 

しかし業務時間外となると、戦闘モードから通常モードに切り替わる。

 

そのくらいあっさり、瞬間的に切り替わった笑顔だった。

 

 

とにかく、ビザ申請の際は代行業者に依頼することをお勧めする。

いろんな意味でストレスがかからないことと、お金で解決できる問題はその方が安いからだ。

 

しかしあのクソババァロボット、いまはどこで怒鳴り散らしているのだろうか。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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