足し算ができない、というのはこういうことを言うのだろうか。
たとえば「ダイエットに効果的」「低カロリー」「血圧を下げる」「血液サラサラ」などと謳われた食品を、ここぞとばかりに大量に食べるバカがいる。
どんな食べ物だって、大量に摂取したからといって特別な効果が得られるわけではない。さらに、大食いすればカロリーオーバーから太るに決まっている。ところが、「ダイエット食品だから、どれだけ食べても太らない!」などと都合のいい解釈をすることで、現実逃避をするデブは多いだろう。
その結果「全然痩せない」とほざく姿には、呆れてものが言えない。
というわけでおよそ一か月半もの間、寝返りとトイレ以外はほぼ体を動かさない生活を送ってきたわたしは、当然ながらマグロに近い体型へと変化していた。
おまけに、「動けるようになったら、食生活を改めよう」と固く誓ったため、逆に言うとそれまでは、完全に堕落した生活を徹底すると決めたのだ。
人間と言うのは弱い生き物である。なんらかの言い訳や理屈がなければ、おのれの怠惰を許すことができない。だからこそわたしは、期間限定で大いに怠ける覚悟を持ったわけだ。
そうと決めたからには全力で遂行するしかない。わたしは来る日も来る日も、ウーバーイーツを駆使して配送料の安い店の料理を注文しまくった。
時には「健康のために」と、近所のスタバやパン屋まで歩いたりもしたが、負傷した膝の治癒を優先するべく極力ジッとしていることに力を注いだ。
そしていよいよ、体を動かすことができるまでに回復を遂げたわたしは、約束通り食べ物の質を変えることにした。やると決めたからには絶対にやるのがわたしである。
(このたるみきったマグロボディーを、ガッチガチのドラム缶へと変えてみせるわ!)
さっそく、わたしはダイエットによさそうな食べ物を買ってきた。勝手な持論だが、水分の多い食べ物ならば尿や汗で排出される。よって、果物や野菜では体重は増えないのだ。
この持論に基づき、納豆、豆腐、キムチ、韓国のりに加えて、近所のケバブ屋でキャベツケバブを購入したわたし。どれも好物ゆえに、こんなもので減量できると思えば天国である。
わたしの目論見としては、キャベツケバブにその他の具材を載せて、かき混ぜて食べるつもりだった。ビビンバやごちゃまぜ丼のように、具材をぐちゃぐちゃにすれば美味そうに見えるからだ。
ふと見ると、キャベツケバブの容器から千切りキャベツが溢れ出ていた。これでは、混ぜるたびにキャベツがこぼれ落ちてしまう。別の容器に移そう――。
わたしは、スリーコインズで購入した大型ボウルにキャベツケバブをドサッとぶちこんだ。これで堂々と具材を混ぜることができる。
そこへ納豆と豆腐、キムチ、韓国のりを次々と投入した。ついでに温泉卵でもあれば見栄えが華やかになるだろうが、そこまで気が回らなかったのが残念である。
こうしてわたしは、ボウルにたっぷりと入った具材を4本の箸でかき混ぜた。ずっしりとした重みが割り箸から伝わってくる。混ぜれば混ぜるほど、こねればこねるほど、まるでお好み焼きの具材のようにキャベツケバブ・納豆・豆腐・キムチ・韓国のりがねっとりとこびりついてくる。
(・・・できた)
むしろ、このままよりも焼いたほうが美味そうな見た目となった、スペシャルケバブ。さすがに箸ではものたりない。そうだ、カレーのスプーンで食おう。
これは思いのほかに傑作だった。キャベツケバブにもソースがかかっているが、それでも鶏肉の臭みは残ってしまうもの。その弱点を、キムチや納豆が見事に解消してくれたのだ。
さらに納豆とキムチ、それに韓国のりの三角関係は言うまでもなく相性抜群であり、そこへケバブが割り込んだところで関係性が崩れることはない。それどころか、歯ごたえとしてのケバブが咀嚼回数を増やすことにより、ボリューム以上の満腹感が得られるのである。
わたしはがむしゃらに食べた。大きなスプーンに山盛りのスペシャルケバブを、黙々とひたすら食べ続けた。
なに、どうってことはない。所詮、どれも水分含有率の高い食材だ。そもそも大豆にキャベツ、白菜、海藻、鶏肉などで太るはずはないのだから――。
*
空っぽになった大型ボウルを舐めながら、わたしは考えた。果たしてこれは、何人分の量だったのだろう――。
食材を保存するのが苦手なわたしは、買ってきたものは一気に使い切りたい性分である。そのため、納豆と豆腐3パックずつ、合計6パックをすべて使い果たした。キムチも韓国のりも丸ごとぶち込んだわけで、ケバブは一人分かもしれないが、オプションだけで3人、いや4人分は超えている。
こんなことで、わがままマグロボディーがスリムなドラム缶になるはずはない。そう、ダイエットというのは食べ物の量を減らすことから始まるのだ。タンパク質がどうのとか、そういう話ではない。適正な消費カロリー分だけ食べていれば、太るはずはないのだから。
(・・・いつか、きっといつか、体重を戻してみせるぞ!)
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