(あぁ、こんなところでも筋肉の話か・・・)
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眼瞼下垂の術前診察のため、母が東京へやってきた。友人から紹介を受けた「眼瞼下垂のスペシャリスト」ということで、付き添いのわたしも興味津々である。
眼瞼下垂というのは、上まぶたを持ち上げる筋肉やその付着部である腱が、弱くなったり剥がれたりすることで、まぶたが下がってくる状態を指す。そのため、見た目は「眠そう」「目が小さい」と思われがち。
また、本人としては「上下の視野が狭くて見にくい」「目を大きく開けようとするから、疲れたり頭痛を感じたりする」などといった症状が現れる。
まぶたを持ち上げる筋肉が未発達の状態で生まれた子どもは、単純性眼瞼下垂と呼ばれ、弱視を防止するためにも赤ん坊のうちに手術を行うことがある。しかし多くの場合は、年を取ってからまぶたが落ちる。
そしてわたしの母も、例外なく年相応の垂れ下がり方をしていた。
とはいえ彼女は、片目に義眼が入っている。義眼側のまぶたは、義眼に合わせてとうの昔に切り揃えられているため、まぶたが下がることはない。そう、永遠に下がらないまぶたを持っているのだ。
その代わり、健常側のまぶたが筋肉の弱体化と皮膚のたるみを伴い、おまけに重力のパワーも相まって黒目を半分ほど覆っていた。
そのため、こちら側のまぶたを持ち上げる手術をしよう…というわけで、今回の診察へと至ったわけだ。
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眼瞼下垂のスペシャリストは、どちらかというと「職人」というべき医師だった。見た目も板前のようで、シャリとネタに対する…いや、上眼瞼挙筋とミュラー筋に対する、底なしの愛情と執着が感じられる。
母からの話が一通り終わったところで、職人がこう切り出した。
「そもそも、まぶたを上げる筋肉が残っているかどうかがポイントとなります。ちょっと測定してみましょうか」
上眼瞼挙筋やミュラー筋が完全に切れていたら、それらを利用して引っ張り上げることは不可能。そこで、現状どの程度の筋肉が残っているのかを確認することにした。
下を見た状態のまぶたに小さな定規を当てて、そこから上を見させることで目玉と同時にまぶたも上がる。その時のまぶたの移動幅を測ることで、およその筋力が分かるというわけだ。
まずは母のまぶたで計測をした。
「およそ8ミリですね。一般的には・・・お、ちょうどいい。娘さんのまぶたで測ってみましょう」
その次に、一般的なまぶたの上下幅を測るために、わたしの右目に定規が当てられた。
「じゃあ下を見てください。はい、それでは上を見てください」
職人に誘導されるがままに、わたしは目線を床から天井へと移した。
「あ・・・」
職人は黙った。そして静かに、定規をわたしの顔から外した。
正直、わたしが一般的なまぶたかどうかはわからない。40歳を超えると、誰でもまぶたが垂れ下がってくるもの。つまり、わたしのまぶたもすでに落ちているのかもしれない。
そうなれば、むしろ母よりもわたしが先に手術をお願いしたい。少しでも若く美しくありたいからだ!
沈黙を切り裂くように、職人がこう言い放った。
「に、20ミリっていうのは、ちょっと今までに見たことがない数字なんで、なんていうか、一般的とはいえないんですが・・・」
(・・・・え?)
どうやら、一般的な開き幅は15ミリ程度らしい。そして母は8ミリであり、かなり狭い幅でまばたきをしていることが分かった。ところがわたしは、20ミリという抜きんでた開眼を披露したのだ。
もちろん目の大きさにも左右されることから、眼球がデカくて飛び出ているわたしの開き幅は、一般的なそれよりも大きい可能性がある。そして一言、
「いやぁ、すごい筋肉ですね」
と、職人は苦笑いをみせた。
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筋トレがどうとかフィジカルモンスターだとか、そんなわかりやすい筋肉の話ではない。
まぶたを持ち上げる、細くてちっぽけな筋肉が「尋常じゃない」という話だったわけだ。
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