日本人は日本語しか話さないので、とんでもないことは起こりにくい。地方によっては方言もあるが、標準語が伝わらないということはないだろう。
その点、外国語で話す場合、予想だにしない展開が待っていたりする。
*
仕事でインドのデリー(ニューデリー)へ行った時のこと。
3日に渡る打ち合わせも終わり、残すは帰国のみとなった最終日。日本から来たわれわれに「これぞインド」を堪能してもらおうと、世界三大医学の一つである「アーユルヴェーダ」の体験について、クライアントから申し出があった。
インド在住の日本人アテンダント(男)が同行していたが、アーユルヴェーダの基本となる「自然エネルギー」だの「ドーシャ(体質)のバランス」だの、そんなものに興味はなかった。そのため、彼自身が胸を張って紹介できるアーユルヴェーダの店がなく、同僚のインド人女性へ相談することに。
「せっかく日本から来てくれたから、おもてなしをしたい」
そう説明すると、女性は目を輝かせながら、
「わかったわ、まかせて」
と部屋を出て行った。
廊下から彼女の声がする。誰かに電話をかけているようだ。ところどころ聞こえる会話からは、
「伝統的なアーユルヴェーダを、本来の目的を達成するために正しく体感してもらいたい」
というような説明をしている。
キーワードとなる単語は「Authentic(オーセンティック)」。
そのうち、英語ではなくヒンディー語かウルドゥー語のような言葉を話しはじめる。電話の相手も何人か替わっている。これはかなり深いところまで話が進んでいる気配。
5分ほどして彼女が戻ってきた。
「OK、デリーで最も伝統的なアーユルヴェーダの店を予約できたわ」
満面の笑みでそう答える。アテンドの日本人男性もホッと一息。
ビジネスがひと段落し、われわれに気分良く帰国してもらうということは、インド企業側にとってもある種の重要な任務といえる。
そこで旅の疲れを癒しつつ、インドをアピールするための好材料として「アーユルヴェーダ」が選ばれたのだ。
普段からマッサージなど行かないわれわれ(わたしの他に男性数名)だが、アーユルヴェーダという名前くらいは聞いたことがある。素人の薄っぺらな知識では、オイルマッサージ的なものだと認識。
インドネイティブの女性が自らのツテをたどり、厳選されたサロンでマッサージが受けられるとなれば、この出張も悪くはなかったなと思えるわけだ。
*
目的地へ移動したわれわれの目の前には、ヒビ割れたコンクリートの薄汚い館がそびえ立つ。お世辞にも高級感のかけらなどなく、傍らでは痩せ細った野良犬が寝そべっており、目を疑うほどのスラム感満載の建物だ。
アテンドの日本人がインド人女性に話しかける。
「本当にここで間違いないのか?」
「ええ、ここのはずよ」
彼女も初めての様子。そして店のスタッフに確認するため店内へと消えた。
「問題ないわ、一人ずつ部屋に入って!」
小走りでこちらへ駆け寄りながら、嬉しそうに入店を促す彼女。
アテンドの男性は、さすがに会社の金で自分までマッサージは受けられない、と外で待機することに。
「リラックスして、楽しんできてね」
彼女は微笑みながらわたしの肩を叩くと、手を振ってわれわれを見送った。
*
建物の中は薄暗くジメジメとしており、清潔感がまるでない。リラックスどころか緊張感が走る。
ーー伝統的なアーユルヴェーダとは、一体なんなんだ。
嫌な予感しかしない。
結論からいうと、この店は性風俗店だった。
アーユルヴェーダの根本的な理論と治療方法として、病因要素となる「不純なもの」を排泄・浄化する排出療法というものがある。
強引ではあるが、不純な体液を排出するためのマッサージを行う店、という位置づけの模様。
インド人女性が電話越しに熱く語っていた「オーセンティックなマッサージ」は、どうやら深い意味まで掘り下げられた結果、性風俗にまで発展してしまったらしい。
困ったのは女であるわたしだ。とりあえず普通のオイルマッサージをしてもらったが、
「あなたも(彼らと同じマッサージを)する?」
と淫靡な顔つきで迫られたということは、どうやら女性でもソッチのマッサージが可能なようだ。
だが、最終的にこの店で一番驚かされたことは、なんといっても「トイレのインパクト」とインド人の「パンツの概念」だった。
インド出張最終日。わたしは人生初の性風俗店に入店したあげく、日本では考えられない「パンツの使用方法」について学ばせてもらうという、貴重な経験をした。
Illustrated by 希鳳
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