「明日の午前中、届け物があります」
後輩からのメッセージを読んだわたしは、即座にピンときた。これは食べ物が届くぞ——。
そこでわたしは、前日から入念に胃袋の状態を整えた。実際になにが届くのかは分からない。もちろん、食べ物である確証もないわけで、わたしが勝手に思い込んでいるだけなのだ。
かといって「なにが届くの?」などと尋ねるのも野暮だし、先輩としての威厳にかかわることなので、大して興味のないフリでスルーしたのである。
だが内心、絶対に食べ物が届く自信があった。むしろこのタイミングで食べ物が届かなかったら、後輩に対して説教をしなければならない。
——こうして、ろくに眠れぬまま朝を迎えた。
(早ければ9時前にピンポンが鳴るだろう。その前にトイレに行っておかなければ・・・)
過去に、トイレの最中にドアフォンが鳴り応答できなかったわたしは、わざわざ宅配ボックスまで取りに行かされる嫌がらせを受けたことがある。
そして宅配ボックスならばまだしも、最悪なのは"生もの"の場合だ。ポストを開けた瞬間に「不在通知」の紙がハラリと舞い落ちるショックというのは、言葉にならないほどの絶望を感じるわけで。
(なぜだ——。わたしは在宅していたし、たまたまトイレに入っていただけなのに、不在扱いされたあげくに再配達とは、あまりにひどい仕打ちじゃないか)
それ以来、午前指定の配達の場合は8時半までにトイレを済ませ、姿勢を正してドアフォンが鳴るのを待つことにした。そして本日も、はやる気持ちを抑えながら排泄を済ませると、バランスボールの上に正座をしてインターフォンを見つめていたのである。
無論、ただボーっと正座をしているわけではない。時には仕事をしたりピアノを弾いたり、するべきことを淡々とこなしながらも、耳だけはドアフォンの周波数にセットしていたのだ。
(・・あぁ、腹減ったな)
なにが届くのかは分からないが、十中八九食べ物であるため、当然ながら朝からなにも食べていない。どんな貢物であっても、味覚と胃袋を最高の状態にしておくのが"もらう側の礼儀"というものだからだ。
そんな律儀なわたしは、こうして空腹に耐えながら「ピンポン」が鳴る瞬間を今か今かと待ち構えていた。
とその時、後輩からメッセージが届いた。
「お届け物は、3種類あるので味比べして食べてください!」
——ほほぅ、やはり狙い通りの"食べ物"だったわけだ。そして3種類ということは、たとえば普通のチーズケーキと抹茶チーズケーキと何かのチーズケーキ・・という具合いの3種類だろう。
仮に、チーズケーキではなくクロワッサンだったとしても問題ない。普通のクロワッサンと抹茶クロワッサンと何かのクロワッサン・・というのも捨てがたいわけで。
とにかく、なにが届こうが覚悟はできている。そして間違いなく、わたしの好物であることが確定しているわけで、甘かろうがしょっぱかろうが、冷たかろうが熱かろうが、なんでも瞬殺する所存である。
だが、気付けば時刻は午前11時25分。8時半から首を長くして待っているにもかかわらず、もうすぐ3時間が過ぎようとしているではないか。
(焦ってはダメだ。午前指定なのだから、まだ午前中じゃないか!)
言い聞かせるように時計から目を離すと、わたしは再び仕事に取り掛かった。
「まだ届かない、お腹空いた」
イライラがマックスに達したわたしは、12時半が過ぎた頃に後輩へ苦情のメッセージを入れた。14時には自宅を出なければならないが、宅配業者の「午前中」というのは、いったい何時までなのか。
「午前指定のはずなんだけど・・・」
そう告げた後輩は、およそ大急ぎで宅配業者に連絡したのだろう。
「私は(午前指定と)言ったはずなのに、午前指定になっていなかったみたいです。凡ミスです・・・」
と、すぐに現状確認の返事が届いた。
まぁ、後輩の主張が正しいのは間違いない。なんせ、わたしを飼いならすことに長けている彼女は、朝寝て昼起きるわたしの習性を把握しているからこそ、確実に在宅している"午前の時間帯"を指定してきたのだから。
もしも午後にすれば、わたしが外出する可能性もあるわけで、その自由を束縛したくないからこそ午前を選んだに違いない。なんともできた後輩である。
(そんなことより、この空腹をどうすりゃいいんだ・・・)
なんらかの食べ物が届くのは間違いないが、もはや何時に届くのかも分からず、あと少しでわたしは外出しなければならない・・という、最悪の状況となってしまった。
それでも、ここまでお膳立てしたわたしの胃袋と味覚を無駄にはできないし——。
(よし、もう少しだけなにも食わずに待ってみよう)
*
ちなみに、これで届いたものが"三種類のドレッシング"だったりしたら、わたしはどんな顔で後輩に礼を言えばいいのだろうか。
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