アメリカンBBQ at 都心のベランダ

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夫・アメリカ人、妻・日本人という組み合わせの、友人夫妻の家を訪れた。誘い文句は単純明快、

「BBQするから、食べにおいでよ」

だった。アメリカ人のBBQは桁違いのスケール。それを都心のマンションのベランダで開催できるとは、とんでもない贅沢だ。

 

わたしは二つ返事で参加を快諾した。

 

 

友人夫妻の自宅は、雰囲気がわたしの部屋と似ている。外壁がガラスでできており、燦々と降り注ぐ太陽の量がまるで我が家と同じ。しかし大きな違いは、

「壁掛けエアコンが、ちゃんと壁に設置されている」

ということだろうか。

さらに驚いたのは「愛犬の部屋」の存在。冗談ではなく、わたしのベッドスペースと同じ、いや、それよりも広い部屋で彼女はくつろいでいた。わたしはよくネタとして、

「ウチは広い犬小屋」

と、自虐的に自宅を紹介することがある。ところが今日、これは自虐的なネタではなく事実であることを知ってしまったのだ。

 

無機質な我が家よりも素敵な家具や小物に囲まれた彼の部屋のほうが、よっぽど幸せな気分で過ごせるのではないか――。と、この家の犬になりたい気持ちすら芽生える。

そんな欲望をグッとこらえて、本場アメリカ仕込みのどデカい骨付き豚肉へと視線を送る。

米国Amazonで購入した、テーブルほどの厚みのまな板に横たわる、特大ポークリブ

外は風が冷たいが、BBQといえば屋外で開かれるもの。我が家のベランダの10倍はあろう広々としたベランダへ出ると、我々は乾杯した。

 

さっそく、出刃包丁のような立派な刃物でポークリブを切り分けてもらう。育ちの良いわたしはつい、

「あれ?ナイフとフォークは?」

と尋ねる。すると友人らは笑いながら、

「手で掴んでかぶりつくんだよ」

と教えてくれてた。あぁ、わたしがもっとも得意とする、アレか。

 

2種類のソースがたっぷりかかったポークリブ、片方のソースは友人のお手製なのだそう。話のネタでソースの材料を聞いたところ、彼ははにかみながらもスマホのメモを開くと、丁寧な日本語で20種類ほどの調味料や野菜、果物の名前を読み上げてくれた。

(とんでもない数の素材でできてるんだな…)

妻は「市販のソースにちょっと混ぜただけだよ」とあしらうが、夫はソースにプライドがあるわけで、断固拒否の姿勢がまたBBQにかける強い意気込みを感じた。

 

眼下に広がる低層住宅を見下ろすわたし。

――あぁ、こんな広々としたベランダで、一般家庭では調理できないほどの特大ポークリブにかぶりつきながら、爽やかな風が頬を撫でるシチュエーションなど、今までにあっただろうか。

 

とその時。白青赤のトリコロールが視界に入った。トリコロールといってもフランス国旗ではない。ここ最近、よく目にするアノ国の国旗。

(ロシア大使館だ!!)

9年前、ベラルーシへ向かう際にモスクワでのトランジットを挟むため、ロシア大使館へビザの申請に行った時のことを思い出す。

あの日わたしは、ロシア大使館の窓口全てを閉鎖させるという偉業を成し遂げた。背後から冷たい視線と舌打ち、放送禁止用語を浴びせられながら、すごすごと大使館を後にした苦い記憶がよみがえる。

 

あの時のわたしは完全に敗者だった。大使館職員からも、ビザの申請にきた外国人からも見下され、蔑まれ、暴言を吐かれ、それでも何も言い返すことのできない、哀れなリトル・タフ・クッキー。

それが今はどうだ。悠々と巨大な豚肉にかじりつき、両手と口の周りをベトベトに汚しながらも、誰からも叱られることも注意されることもないではないか。

続いて、アボカドディップをたっぷりチップスに乗せると、BBQソースのついた指で口へと押し込んでやる。

――そう、ロシア大使館を眼下に置きながら。

 

こうしてわたしは、9年前の鬱憤を晴らしたのであった。

 

 

帰宅すると、友人から持たされたみやげ袋を漁る。ポークリブが入っていることは分かっていたが、あのアボカドディップが非常に美味かったため、もう一度食べたいのだ。

ガサゴソするも、出てきたのはポークリブとパン、そしてアボカドの下敷きとなるチップスだけだった。

(アボカドがない!!)

急いで用意してくれた友人が、ついうっかり入れ忘れたのかもしれない。

 

とりあえずもう一度押しかけることにしよう。

 

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