被爆地のように荒れ果てたわたしの心を、清らかな光で包み込み潤わせてくれる、そんな聖母のようなお嬢様がいる。
なにごともサボり気味なわたしに、いつ遭遇するか分からないからと、帰省土産を常にバッグに忍ばせていたお嬢様。
「好きそうなやつを選んでみたよ」
そう言いながら、高さのあるかさばりそうな箱に入ったお菓子を手渡された。
――はちみつれもんバターサンドケーキ
バターといったらそのまんま丸かじりするほど、バター愛好家のわたし。
さらに、パンケーキのような粉ものに目がないことを承知しているお嬢様は、わたし好みのお菓子をいつも選んでくれるのだ。
なかでも超お気に入りは、むか新の「こがしバターケーキ」である。初めて口にしたときの大興奮っぷりを見てからは、お嬢様が帰省のたびにコレを買ってきてくれるのだった。
「いつもと同じだとつまらないかなと思って、今回は新しいのを選んでみたんだ」
そう言いながら静かに微笑むお嬢様。あぁ、正に聖母マリアよ!
さっそく、ガサゴソと箱を破壊するわたし。中には大きめの焼菓子が3つ、縦に並んでいる。すぐさま個包装を破り捨てると、はちみつれもんバターサンドケーキ本体にかぶりついた。
ふんわりとした厚みのあるケーキは、ブッセに近い舌ざわり。真ん中には、しっかりとしたクリーム状のバターが挟まっている。
それでいて、どこからともなく漂う爽やかなはちみつれもんの風味が新しい。
どら焼きほどの大きさのバターサンドケーキは、適度なボリュームも相まって、十分満足できる質量を維持している。
わたしにとってお菓子とは、味はもちろんのこと、ボリュームがもっとも重要。お上品で洒落たチョコやマカロンが存在するが、あんなものは金持ちの見栄でしかない。
一口で消えてなくなるような高級菓子をもらったところで、わたしは喜ばない。だったら板チョコ一枚もらうほうが何百倍も嬉しいわけで。
そしてお嬢様はそこらへんもしっかりとわきまえており、わたしが喜ぶボリュームのお菓子を買い与えてくれるのだった。
ふと見ると、更衣室のすみっこでお嬢様が食事を摂っていた。二階建ての小さな弁当箱の上の段に、蒸し野菜のようなものが詰まっている。いい匂いがする。
「それの下の段は、ご飯?」
あわよくばおすそ分けしてもらおうと、ヨダレをこらえながらお嬢様に尋ねる。
「ううん。下の段はお昼ご飯で、上の段が夜ご飯」
なんだと!そんな少量の野菜では、華奢なお嬢様がもっと華奢になってしまうじゃないか!
どうやら減量中のため、手作り弁当持参で頑張っている様子。塩分も控え目にしているとのこと、それじゃ全然美味くないだろうに・・。
それでも、蒸し野菜のいい匂いがわたしのところまで漂ってくる。自然と足がそちらへ向いてしまう。そしてお嬢様の隣りに腰を下ろすと、じーーっと弁当箱の中身を見つめた。
(いかん!わたしにははちみつれもんバターサンドケーキがあるではないか!)
手作り料理のいい匂いというのは、いつだって空腹を誘うもの。どんなに高級な既製品だって、手作り料理には敵わない。
だが我慢しなければならない。お嬢様がこんな少量の野菜で空腹を紛らわせているわけで、それをわたしが横取りしてしまったら、お嬢様は本当に倒れてしまう――。
理性を総動員させたわたしは、静かにその場を立ち去った。
こうしてお嬢様は、輩(やから)に夕飯を奪われずに済んだ。無論、その前に餌付けをされているわけで、その効果は絶大だったといえる。
生き物なんぞ、餌を与えておけば懐くし従順になる。ましてや、好みの餌をもらえれば、尻尾を振りながら大喜びでついていくに決まっている。
その辺りをお嬢様はわきまえているのだ。
(次回のお嬢様の帰省は、いつだワン・・)
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