一般的な勤め人ならば、朝7時くらいに起きて、朝食を食べて身支度をして、めざましじゃんけんをして家を出るのだろう。
在宅勤務だとしても、およそ9時くらいには身なりを整えてパソコンに向かうことだろう。
だがわたしは、そんな時間はまだ夢の中。
威張れることではないが、明け方に入眠し、ブランチ頃にのそのそ起き出すのがルーティンのため、最後にめざましじゃんけんをしたのは10年前くらいか。
そんなわたしが、今日は珍しく早起きをした。
もちろん、予定があるからに決まっているが、学生時代を過ごした高田馬場に、朝の9時に降臨したのである。
朝早く起きて行動するのは気持ちがいい。
・・こんな単純で当たり前なことは、誰もが感じる共通認識であることくらい理解している。
だが実際に実行してみると、やはり一味も二味も違う「気持ちよさ」を感じるものなのだ。
(早起きして青空を眺めながら深呼吸をする。なんと贅沢な一日の始まりだろうか!)
そんな思い込みに近い妄想を、ギュウギュウ詰めの山手線内で膨らませる。
しかしこの時間帯は、通勤ラッシュとまではいかないが、それなりに出勤する人間が多いということを学ぶ。
一時、猫も杓子もテレワークフィーバーだった頃、当時は8時~9時台の山手線といえどもガラガラだった。
ようやく「時代がわたしに追いついた!」と安堵したが、これではまたもや逆戻り。とはいえ、それなりに人間が活動しているのだから、悪いことではないのだが。
さて、久しぶりにBIGBOX高田馬場へと足を踏み入れた。向かいのドン・キホーテにもありそうだが、ここはなじみのBIGBOXのほうがいいだろう。
なにを探しているのか?・・・それはカフェだ。
早起きをした天気のいい朝には、カフェに行かなければならない。なぜなら、こんな「幸せの象徴」のようなイベントは、そうそうないからだ。
仮に早起きをしたとしても、空が曇っていたのではコーヒーもかすんでしまう。
たまたま、素晴らしい秋晴れの朝に早起きしたからこそ、このような幸せを満喫する権利を得たわけで、行使しなければバチが当たるだろう。
BIGBOXの一階にパン屋が見える。ヴィ・ド・フランスが展開する「デリフランス」だ。
店内にはイートインスペースがあり、なぜか年齢層の高めな客がくつろいでいる。平均年齢は70歳くらいだろうか。
辺りをキョロキョロするも、他にカフェらしき店舗は見当たらないため、「店内の平均年齢でも下げてやるか」と、颯爽と入店した。
(しかし、なんでこんなにおじいちゃんおばあちゃんが多いんだ?)
田舎の年寄りと比べると、山手線内のカフェで優雅にコーヒーブレイクを楽しむシニアたちは輝いて見える。
友達とおしゃべりをするおばあちゃんたちのグループもあれば、一人で黙々とパンとコーヒーを流し込むおじいちゃんもいる。
このように、皆が思うままに素敵なモーニングを過ごしていた。
「ホットコーヒーとアイスカフェラテください」
とりあえずはオーソドックスな二品を注文し、言われるがままにドリンクを受け取り席に着く。
そしていよいよ、待望のモーニングコーヒーをいただく時がきた。
とはいえ、このようなフランチャイズのパン屋のイートインスペースのコーヒーなど、期待するほどのものではないことくらい承知の上。
ただ単に「コーヒーであればいい」というだけで、まずかろうがぬるかろうが文句を言うつもりはさらさらない。
そのくらいの常識は、持ち合わせているのである。
ズズッ・・
(・・・・・)
ズズズッ・・
(・・・う、うまい)
どういうことだ?!フランチャイズのパン屋ごときが、このような美味いコーヒーを出せるはずがない。なぜだ?!何が違うんだ?
納得のいかないわたしはさっさとコーヒーを飲み干すと、美味さの秘密について偵察に向かった。
するとそこには、理科の実験で使うようなフラスコやロートで、コトコトと音を立てながら作られる黒い液があった。
そう、これこそがコーヒーなのだ。
「サイフォン式コーヒー」といえば、聞いたことのある人もいるだろう。
日本におけるコーヒー文化を支えてきた「キーコーヒー」によると、
19世紀の初め頃にヨーロッパで開発されたサイフォン。蒸気圧を利用してお湯を押し上げ、高い温度のお湯とコーヒー粉を浸漬して抽出します。抽出時間を守れば、香り高いコーヒーが味わえ、慣れると意外と簡単にいつも同じ味わいのコーヒーが楽しめます。科学実験のような、アルコールランプで幻想的な、目で見ても楽しめる器具の一つです。
と説明されている。
小難しいことは分からないが、とにかく美味い。普段から飽きるほど飲んでいるスタバのコーヒーとは違う、なんというか、澄んだまろやかさを感じるのだ。
わたしはさっそく二杯目のコーヒーを注文すると、サイフォンの前を陣取り、コーヒーがカップに注がれるまでの工程をじっと見つめた。
(美しい・・・)
フラスコ内で沸騰したお湯が、上で待ち構えるロートへと昇っていく。そこでコーヒーの粉と混ぜ合わさり、黒いお湯となる。
しばらくしてビームヒーター(フラスコを熱している器具)を止めると、黒いお湯がフラスコへと戻ってくる。それをコーヒーカップに注げば、サイフォンコーヒーの出来上がりだ。
まさかこんな美味しいコーヒーが、駅前のフランチャイズのパン屋で飲めるとは、思いもしなかった。
そして、サイフォン式コーヒーがこんなにも美味いということに、今まで気がつかなかった。
なによりも、早起きをして本当によかった――。
*
サイフォンコーヒーを4杯飲んだところで、待ち合わせの人物が現れたため、わたしの優雅な「モーニングコーヒーブレイク」は幕を閉じた。
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