手のひらは裏返った

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久々にスーツケースを転がし駅へと向かう。たかが電車に乗るだけのことだが、大荷物で移動をするときや怪我をしたとき、人は初めて「当たり前の動きができない苦労」を知ることとなる。

普段ならば「めんどくさい」くらいにしか思わない階段は、スーツケースと一緒だと通行止めと同じ意味を持つ。

目の前に道はあるのに進めない――。

まぁスーツケースごときは、本気を出せば階段でも持ち運べなくはない。だがたとえば車いすの場合、階段はおろかエスカレーターさえも物理的に無理なわけで、エレベーターがなければその先へ進むことができない。

五体満足で何気なく過ごす分には気が付かない、日常生活の落とし穴というやつにはまりながら、わたしはようやく改札口までたどり着いた。

 

(手ぶらな暇人はいいよな)

忙しいフリをするビジネスパーソン、スマホに気を取られてぶつかりそうになる若者。わたしほどの大荷物を抱え、強い意思を持って移動する人間などどこにもいない。所詮、愚民どもはその程度のものか。

 

そんなことを考えながら、ホームにつながるエレベーターへと向かう。運よく改札階で止まっているため、ボタンを押すとすぐさまドアが開く。スーツケースを両手で押しながらエレベーターへ踏み込むと、正面にある鏡越しに背後の愚民どもが映っているのに気がついた。

すると、バタバタと醜い走り方でエレベーターめがけて突進してくるガキがいるではないか。手には大きな飴を握りしめ、半分舐めてはほっぺたにくっつけてみたりと行儀がわるい。

 

(一体どんなしつけをしたらああなるんだ。どうせ金に物言わせて無駄な習いごとばかりさせる、トロフィーワイフ的な母親なんだろう)

 

ガキを後ろから追いかけてくる、そこそこの容姿の母親を鏡越しににらみつけながら、わたしはエレベーターの一番奥へと進んだ。すぐさまガキが滑り込み、小走りで母親も乗り込んだ。

わたしは決して振り向かず、ホーム階のボタンすら押さない。もちろん、そんなことお構いなしにガキがホーム階のボタンを連打する。

「こら、ダメよ何度も押しちゃ」

まったく「こら」なんて思ってもいない母親の声に、さらなる苛立ちを覚えながら静かにエレベーターは下がる。

 

(とっとと降りてくれ。一秒でも早くこの空間から出て行ってくれ)

 

祈るように、いや、呪うようにブツブツ呟いていると、耳を疑うような母親の声が背後から刺さった。

 

「どうぞ、お先にお降りください。私がドアを開けていますから」

 

わたしはハッとなる。鏡越しに母親を見ると、目を細めて笑顔でこちらを向いている。子どもを手で制しながら、わたしとスーツケースが降りやすいように道を作ってくれているではないか。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

思わず声が裏返りそうになるが、とりあえず礼を言うと後ろ向きにそそくさとエレベーターを降りた。さらに子どもと母親の横を通り過ぎるとき、子どもが小さな声でこう言った。

 

「いってらっしゃい」

 

見ると、小さく手を振ってくれている。

 

――なんということだ、わたしはとんでもない過ちを犯した。

 

クソガキだのトロフィーワイフだの散々ひどい発言をしてきたが、人は見た目ではわからないもの。たった一言の声掛けが、クソガキから坊ちゃんに、トロフィーワイフからマダムに昇格させたのだ。

 

このとき、作家の林真理子が某番組で語っていたことを思い出した。

 

「ある人がネットで『子どもができて早めに帰る時は、周りの人に気配りして帰りましょう。助かりましたって一言いうだけで、職場が和やかになるので』って言ったら炎上したんですって。『子供がいたら早く帰るのは当たり前、なんで気を使わせるんだ、間違ってる!』って。当然の権利と気配りとの、せめぎあいが起きてるというか」

 

このような内容だったと記憶しているが、今回の件は正にこのことだろう。あの見ず知らずの親子に対して、わたしの勝手な妄想でクソガキとトロフィーワイフ呼ばわりしていたのが、母親の気遣いで一気に立派な親子へと様変わりしたのだから。

 

当然の権利だの義務だの言う前に、当然の気配りや気遣いを実施することで、人間関係は上手くいくものなのだ。

 

サムネイル by 希鳳

 

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