はりつめたぁ〜弓のぉ〜
もののけ姫の切ないBGMに包まれながら、わたしは静かに棺(ひつぎ)へと納められた。
目を閉じると、数々の思い出が走馬灯のようによみがえる。しかし最期の記憶というものは、不思議と楽しいことばかりが浮かんでくる。辛いこと、悲しいこと、悔しいことなどは微塵も出てこない。
あぁ、手作りのおむすびは美味かったな。チーズケーキはどうしたってベイクドだよな。しゃぶしゃぶに至っては豚バラだけでいい――。
そんなセンチメンタルな気持ちのまま、いよいよクライマックス。待っていたかのようにBGMが盛り上がる。
もののぉけぇたちだけぇ〜もののぉけぇたちだけぇ~
このフレーズと同時に、わたしの棺が火葬路へと送り込まれた。ウィーンというモーター音とともに、台車がゆっくりと動き出す。
・・・もはやこの時点で込み上げる笑いを抑えられず、じっとしてろと言われたが、わたしは思わず吹き出した。
そう、わたしは今日、人生初のMRIを経験したのだった。
*
「金属類のアクセサリーはつけていませんか?」
美人看護師に聞かれ、つけていないと答える。
「じゃあこのままいけますね。あ、ヒートテックは着ていませんか?」
この質問に、ふと自分のインナーを思い出す。うん、ユニクロのヒートテックを着ている。かつ、ブラカップ付きのタンクトップまでヒートテックだ。
「そしたら、上半身は全部脱いでもらってこれを着てください」
手術前の患者が着るような、水色の薄っぺらい上着を渡される。とそのとき、今日のパンツはユニクロの暖パンであることに気がつく。暖パンも「ヒートテック」のタグが付いていたはずだ。それを説明すると、
「じゃあ下も全部脱いでもらってこれを履いてください」
同じく手術着のような、ウエストがゴムでキュッとなっているズボンを渡される。もはや気分は重症患者だ。
思うに、身に着ける衣服というのはメンタルを左右する重要な要素を持つ。病人のような身なりをさせられたら健康体でも気分は落ちる。逆に、アガる格好をしていると自然と気分も体調も良くなるもの。
よって、レースクイーンとかシルクドソレイユのような検査着が用意されていたら、患者も元気ハツラツで検査に臨めるだろうに。
そしてわたしは全裸で病人の格好をさせられて、MRIの部屋へと連行されたのだった。
*
「ではこちらに横になってください」
イケメン検査技師の指示に従い検査台へ横たわる。じっとしていなければならない苦痛と、狭いトンネルへ送り込まれる不安感から、なんだか気分がザワザワする。
「このヘッドフォンを着けてください。検査中、大きな音がするのでそれを防ぐためです」
まるでBOSEのノイズキャンセリング機能付きのヘッドフォンのようなゴツさ。そいつをカポッとはめると、ゆっくり仰向けになる。最後に緊急時のブザーを渡されたので、とりあえず押してみる。するとイケメンは無言でブザー解除の操作をした。
はりつめたぁ〜弓のぉ〜
ヘッドフォンから流れる音楽は、もののけ姫の主題歌だった。あぁ、たしかにこんなときに聞く音楽としては、このくらいがちょうどいい。流行りの歌を聞かされてもテンションが違うし、かといって童謡やクラシックもちょっと違う気がする。そういう意味でも、宮崎駿アニメの主題歌はちょうどいい。
とぎすまさぁれた~刃の美しい~
そろそろ準備が整った様子。しずかに目を閉じ、その時が来るのをじっと待つ。
悲しみとぉ~怒りにぃ~
撮影時間はおよそ15分とのこと、逆らうことなくこの身を委ねよう。閉所恐怖症の気はあるが、目をつむっていれば大丈夫。しかも狭いといっても洞穴くらいの広さはあるので、逃げようと思えば逃げられる。
もののぉけぇたちだけぇ〜
ウィーーーン。
わたしを乗せた検査台が静かに動き出す。さびのフレーズがなんともピッタリで、どうしても笑いが堪えられなくなった。
もののぉけぇたちだけぇ〜
ウィーーーン。
笑いをかみ殺しながら、MRI装置の中へと安置される。こんな絶妙なタイミングで事が進むとは、もはや一つのドラマが完成したも同然。
この世を去る悲劇のヒロイン。その重要な役を任されたのが、このわたし。
サムネイル by 鳳希(おおとりのぞみ)
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