電話に出んわ

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19時過ぎに携帯が鳴った。

私は携帯電話を2台持っているが、滅多に出ることのない「仕事用」に着信があった。番号を見ると080の携帯からだ。

(また営業の電話か・・)

役所が終わる17時半以降にかかってくる電話は、何らかの営業であることがほとんど。顧問先の番号はすでに登録してあるし、友人知人ならばこの携帯にはかけてこない。となると何らかの営業電話である可能性が高いのだ。

 

しかし不思議でしょうがないのは、営業のはずがぜんぜん営業になっていないことだ。なぜ紙嫌いの私にファックスやコピー機をリースさせようとする?なぜライターの私に「記事を書くので名前だけ貸してほしい」などという無謀な依頼をする?どれもこれも私が嫌う内容ばかり、それを猫なで声で勧めてくるから恐ろしい。

 

「先生のSNSを拝見しました。私たちにお任せいただければ、もっと効果的なSNSにすることができます!」

ある日の午後かかってきた電話で、まだ若いであろう男性が張り切った調子でこう言った。そこで私は質問をした。

「私のSNSを見たということは、私のブログも読んだということだよね?」

男性は一瞬沈黙した後に、申し訳なさそうに「読んでいない」と告白した。

「私のSNSをもっと効果的なものにする、って言ったよね?」

「はい!今よりも顧客開拓できるサイトにします」

「この一年半、毎日欠かさず2,000字のコラムを投稿してるんだけど、あれより面白い記事をキミは書けるって言ってるんだよね?」

すると男性は黙った。

人を馬鹿にするにもほどがある。加えて完全に無駄な時間であることが確定したわけで、体の奥から怒りが湧いてくる。

 

「人に物を売るときは、相手がどんな人なのか調査してからにしな。私が顧客開拓したいと思ってるかどうかも分からないくせに、偉そうな営業してんじゃないよ」

 

男性はか細い声で謝罪を述べると、電話を切った。

大体がこんな感じの無駄で不毛な会話にしかならいのだから、なんのための営業かさっぱり分からない。

 

士業者の誰もが顧客開拓を望んでいるとでも思っているのだろうか。私は基本的に、見ず知らずの人からの依頼は受けない。契約云々の手前にある人間関係が重要だからだ。

仕事をするということは、人間同士の付き合いが始まるということ。「金を払えばいいんだろ」などという薄っぺらい客など、こちらから願い下げだ。

 

――話は冒頭の電話に戻る。営業ならばこっぴどくやり込めてやろうと、鼻息荒く通話ボタンを押す。

「夜分にすみません、東京労働局ですが・・」

電話に出て正解だった。まさかの役所からとは驚いたが、内容は「雇用調整助成金の額を減額しなければならないことについて」の相談だった。

 

「会社都合退職が判定基礎期間中にあり、雇用保険喪失のデータを確認したところ、××さんがそれに当たるようなんです」

私が関与する前の話ではあるが、ある退職者の退職理由が「会社都合」だったとのこと。そのため、すでに支給された助成金の一部を返還しなければならない。

「業況特例ならばよかったんですが、原則でいくと引っかかっちゃうんですよ。申し訳ないです」

この人がわるいわけじゃないし、むしろ私の確認不足のせいでこうなったわけで、申し訳ないのはこちらのほうだ。すぐさま事業主へ電話をかけて確認をすると、やはり××さんは会社都合退職とのこと。しかしコロナによる業績不振での退職勧奨であり、それでもダメなのかと追及される。

 

「コロナ禍においても、なんとか離職を回避するためにこの助成金があるので、どんな理由であれ退職を勧めた場合は会社都合となり、助成率は変わってしまうんです」

労働局の職員は申し訳なさそうに話す。たしかに制度の趣旨を鑑みるとその通りだ。事業主には納得のいかない部分もあるだろうが、これは決まりでありどうすることもできない。

そこで、労働局との通話をそのままにし、あえて会話が聞こえる状態で事業主へと電話をかけた。

「わかりました、仕方ないですもんね。すみません、お手数をおかけして」

私からも謝罪しながら説明した結果、事業主は納得してくれた。それどころか、私の労をねぎらう優しさまで見せてくれた。

 

事業主との通話が終わると、待たせている労働局の電話を手に取る。

「ありがとうございます、すべて聞こえました。お手数をおかけして申し訳ありません」

何度も言うが、労働局がわるいわけではない。むしろ、確認してくれてありがとうございます、と言いたいくらいだ。誰もわるくないのに、関係者がこぞって「申し訳ない」という言葉を口にする、奇妙で心苦しいやり取りだった。

 

電話は時間を奪う装置であり、必要以上の通話は御免だ。しかし同時に、気持ちというか波長というか、相手の心を動かすことができるのが電話の特徴といえる。

そういう意味で今日の電話は、電話でなければ伝わらない想いを感じるものだった。あれが文字だったら、きっと事業主は納得しなかっただろうから。

 

サムネイル by 希鳳

 

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