というわけで、眼瞼下垂手術を終えた翌朝、母は早くに起床すると「オンライン診療」の準備に入った。いやいや、10時にドクターから着信があるんだから、なにも朝から身支度を整えて、スマホをセットする必要などないだろう——。
それでも当事者である母は、ソワソワを抑えられないようで忙しく動いている。てか、わたしさっき眠りに就いたばかりなんですけど・・・。
手術をした右目には、ガーゼがしっかりと貼り付けられているので、持ち上げたまぶたがどうなっているのか、はたまた目の左右差がどうなのかは分からない。そして、オンラインとはいえ診察を受けるわけで、バッチリメイクで登場するのもどうかと思われる。そうなると、髪の毛をくしでとかして整える程度しか、準備することなどないわけだ。
だからこそ、張り切るのは5分前で十分なのでは・・・。
とにかく、ドタバタソワソワされると寝るに寝れないわけで、わたしはほぼ徹夜状態で起床を余儀なくされた。
それにしても、予約時間まであと数時間あるにもかかわらず、就活生が採用面接を受けるかのような意気込みで待ち構える母。さらに、まるでこの日のためにプレゼントされたかのようなスマホスタンドに、自身のiPhoneを立て掛けると何度も向きを調整している。
おまけに、昨日渡された軟膏と二種類の目薬、綿棒、ティッシュ、手鏡、そしてなぜか予備のメガネまでもが目の前に並べられている。テーブル一杯に広げられたそれらは、まるで祭の出店かフリーマーケットのようなにぎやかさだ。
(いったい、何を始めようというのだ・・・)
そうこうするうちに、いよいよ診察予約時刻である10時が近づいて来た。個人的にはオンライン診療がどのようなものなのか、むしろ、わたしが想像しているものとは違う展開を期待しながら、ドクターからの着信を待った。
ブーッブーッブーッ
10時ピッタリに着信があった。
「ちょっとちょっと、どうしよう!着信がきたんだけど!」
(いやいや、アナタはその着信を朝から心待ちにしていたんでしょうが・・)
画面下部の受話器マークをタップし、ドクターとのビデオ通話が開始された。
「では、ガーゼをとってみましょうか」
予想通りの指示が出た。
「どうしよう、ガーゼ取ってって!」
(だからさ、そんなの昨日から分かっていたことでしょうよ・・)
なんだろう、人間というのは予め分かっていたとしても、このように狼狽するものなのだろうか。
そもそも今日のオンライン診療は、手術後に貼られたガーゼを剥がしてまぶたの状態を診てもらい、問題がなければ終わり!という流れである。あとは軟膏の塗り方など、不安に感じることがあれば質問し、その回答をもらったら「また来週!」となることは、かなり前から分かっていたはず。それなのに、なんだこの思考停止モードは・・・。
とはいえ、Zoomなどのウェブ会議を経験したことのない年寄りにとっては、オンライン診療というものの要領を得ないのだろう。だがこちらからすると、驚くほどLINE通話と同じである。自宅にいるドクターは部屋着だし、傍から見るとオバサンが親戚のお兄ちゃんとビデオ通話している図にしか見えない。
(・・あれ?これって、LINE通話やZoomと何が違うんだろう・・・)
誤解のないように補足すると、今回のオンライン診療で使われているアプリ「ポケットドクター」は、オンラインで診察予約や決済ができたり、薬や処方箋の発送ができたりと、医療DXに特化したアプリである。よって、決してビデオ通話ができることだけがウリではない。
だがそれでも、ちょっと嫌味のようなしかし穿った見方をすると、もうすでにこの世で利用されているアプリで、ほぼ代用できるのではないかと思ってしまうのだ。
「素人が、偉そうなことぬかしてんじゃねぇ!」
それはごもっともだ。わたし自身もそう思っているので全くもって否定はしない。なんせ世の中、こうやって利権絡みのビジネスが成長していくのだから、あるべき姿ともいえる。
加えて、オンライン診療は診療報酬点数が低いため、ドクターたちが積極的に取り入れようとは思わない側面がある模様。他にも、システム導入にかかる費用や診療時間の問題、対面診療に比べてリスクが高くなる可能性があるなど、医療機関側が二つ返事で快諾できないのが現状といえる。
実際には対面診療のほうが適している病態も多いだろうから、たとえば外来を区切ってでも「オンライン専門クリニック」が増えれば、日本の医療制度も変わるのではなかろうか。
そんなこんなで、ものの5分で眼瞼下垂手術翌日のオンライン診療は終了した。まさにLINE通話を終わらせるかのように、受話器マークをタップするとドクターは消えた。
(これは、内容によってはオンライン診療で十分じゃなかろうか・・・)
まぶたの内側にある縫合糸をなぞるように軟膏を塗り込む母を眺めながら、オンライン診療という手段の手軽さに、いい意味で拍子抜けしたわたしであった。
コメントを残す