近所のパン屋というのは、生活拠点としてとても重要なポイントとなる。
厳密には、近所にある「美味い手作りパン屋」でなければ意味がないのだが、それでもないよりはあったほうがマシである。
そもそもパン好きのわたしは、クロワッサンからハード系までなんでも食べる。
一度の来店ですべての種類を制覇するくらい、美味そうなパンがあれば片っ端からかっさらうことにしているのだ。
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我が家の近所には「しろかねPanPan堂」という、気のいい夫婦が二人で切り盛りするパン屋がある。
ネット情報によると、小麦粉や牛乳、卵などの原材料はほぼすべて国産を使い、ソフト系を中心に50種類のラインナップがあるのだそう。
わたしは毎回、購入するパンが同じなので、そんなにたくさんの種類があるとは知らなかった。だがたしかに食パンだけでも7種類はあるので、思っている以上に種類は豊富なのだろう。
PanPan堂におけるわたしのお気に入りは、ラウンド食パンだ。
今川焼を10個連ねたような円筒状の食パンなのだが、食パンといってもパンの耳が柔らかいのが特徴。
通常の食パンだと、耳を残して中身をほじくって食べるわたしだが、ラウンド食パンの場合は柔らかな耳ごとちぎって食べている。
パンの耳は兎角パサパサしがちで硬い。かりんとうのように油で揚げれば美味いが、そのまま食べるには牛乳が必要。
そんな食パンの常識を覆したのが、ラウンド食パンといえる。
そもそも縦長の筒状なので、ちぎって食べても行儀が悪くない。さらに内側のフワフワな部分だけを食べようとしても、外側の耳の部分がイカのおつまみのように割けてくっ付いてくるので、必然的に両方食べることとなる。
もちろん、歯ごたえも舌ざわりもしっとりモチモチなので、パンの耳が苦手な人でも問題なく食べられるのである。
ラウンド食パンの中身は5種類。中でもわたしのお気に入りは「チーズ」だ。
パンの内側に、細かくカットされたナチュラルチーズが散りばめられており、ひと千切りに3粒ほどのチーズが楽しめる。
パン生地自体にほのかな甘みがあるため、チーズのクリーミーさと相まって、食事でもデザートでもいける逸品。
ちなみに、あんこ嫌いのわたしは大納言が食べられない。
だがレーズンやさつまいもはイケるため、おやつ代わりに食べるときはこれらをちぎることなく、筒ごとパクついたりもする。
レーズンもさつまいもも、素材自身のジューシーな甘みがにじみ出ており、あっという間に食べきってしまうのだ。
菓子パンや総菜パンも種類豊富に並べられているが、わたしは、PanPan堂といったら食パン系がとにかく好きだった。
なぜ過去形なのかといえば、明日で閉店するからだ。
白金に店をオープンさせて早16年。途中、ご主人が手首を痛めてしまい、店を休業する期間もあった。
そしてわたしと奥さんとの関係性はといえば、客と店員というよりは近所の友だちといった感じで、たまたまフラッと立ち寄っては他愛もない話に花を咲かせていた。
今から二か月ほど前、ふと奥さんがこんなことを言い出した。
「じつは10月がこの物件の更新なの。それを機に、店を閉めようと思うんだ」
パンをつくるための機械にガタがきていることや、実際にパンをこねたり焼いたりしているご主人の体調を考えると、もうあと二年続けるか今回で終わりにするかが、いずれにせよ限界なのだと。
「えー。わたしが通うパン屋がなくなっちゃうよ」
思わず口をついて出た本音だった。奥さんは目に涙を浮かべて、「そうよね、ごめんね」と言いながら後ろを向いた。
かつて友人が言っていた。「飲食店の評価の7割は接客で決まる」と。
たしかに、無人販売店ならば味と値段の勝負になるが、人間が店舗にいる以上は、接客というサービスによって味が左右される。
現にわたしも、奥さんの素朴な性格や意外性のある一面を見るのが好きで、パンを買うついでに、いや、おしゃべりをするついでにパンを買っていた。
そんな小さなオアシスが、明日、消えてしまうのだ。
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PanPan堂の夫婦にも彼らの人生がある。長いようで短い間だったが、美味しいラウンド食パンを食べさせてもらい、幸せだったと伝えたい。
一生のうちに、一度でも美味しいパンが食べられたら幸せなところを、何十回、何百回と食べることができたのだから、こんな贅沢はない。
これで、わたしにとっての「近所のパン屋」はなくなる。
とりあえず明日、最後のラウンド食パンを買いに行こう。
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