(なんだなんだ!?ものすごい数の人間とスーツケースが逆流してくるじゃないか!)
ほとんどの場合、時間ギリギリに間に合うか、あるいはギリギリ遅刻するかの瀬戸際で戦っているわたしは、かなり焦った。なぜなら羽田空港へ向かうために、新橋駅で京急線直通の都営浅草線に乗り換えようとしたところ、改札内にいたすべての人々が一斉にこちらへ向かって押し寄せてきたからだ。
まるで海外の暴動を見ているかのようだった。人々の顔は神経質に強張り、誰一人として笑う者はいない。
「そのまま改札を出ていただき、JRをご利用ください!羽田空港ご利用のかたは、浜松町でモノレールにお乗り換えください!」
若い駅員が必死に叫んでいる。しかし東京の交通網に詳しくない、いわゆる外国人を含む観光客にとっては、どの電車に乗れば「浜松町駅」とやらに着くのか分からず、不安と絶望に満ちた表情で駅員に詰め寄る姿も見られた。
(たしかに、新橋駅の乗り換えって距離もあるし不便なんだよな・・)
そうはいっても、こちらも飛行機に乗らないことには始まらない。そして運よくここは新橋駅ということで、浜松町駅はお隣の駅である。さらに、ANAから事前に「カウンターが混雑するので、荷物を預ける場合は早めに来てくれ」というメールが届いていたのを思い出し、とにかく一分でも早く羽田空港へ到着しなければならない、というわけで、わたしは山手線のホームへと向かった。
新橋といえば港区、そしてわたしはれっきとした港区民である。素人丸出しの田舎者のように、キョロキョロしながら電車を探すことなどありえない。まるで息をするかのように自然な流れで、ホームへ到着した山手線へスッと乗り込んだ。
「次は有楽町です」
(・・あれ?浜松町って、二つ先だっけ?)
「次は東京です」
(・・東京の次が浜松町か?いや、違う。これは逆回りの山手線だ・・・)
大荷物の観光客がたくさん乗っていたので、てっきりみんな羽田空港へ向かうものだと思っていたところ、なんと、この人たちは東京駅で新幹線に乗り換える団体客だったのだ。
(くそっ!ただでさえ時間がないのに、こんな初歩的なミスをするとは・・)
しかし、シロガネーゼたるもの焦りを顔に出してはならない。あくまで毅然と、むしろ「してやったり」の表情すら浮かべながら、ゆっくりと逆回りの山手線へと乗り直したのである。
*
羽田空港は予想通りの大混雑ぶりだった。京急線が止まっているため、ほとんどの乗客がモノレールを使ってここまで来たのだろう。わたしの前後は人間とスーツケースで埋め尽くされている。
(似たような光景を最近、SNSで見たような・・・。あ、三社祭だ!)
そんなことを思いながら、急いで搭乗口へと向かった。
京急線の大幅な遅延が関係しているのか、はたまたG7サミットの影響かは分からないが、わたしが乗る予定だった機材が変更となった。それに伴い出発も10分ほど遅れるとのこと。
おかげでわたしは、余裕を持ってタリーズでコーヒーを飲むことができた。
それからしばらくして搭乗が始まった。わたしはグループ4のため、どのみち乗り込むのは最後であるが、中でもシンガリを狙ったばかりに後悔する羽目となったのは、荷物棚がいっぱいだったことだ。
しかもよりによって、機内持ち込みギリギリサイズのリュックのため、足元に置くことができない。さらに周辺の収納棚を開けてみるも、どこもいっぱいだった。
(しかたない、ここはCAに任せるか・・)
辺りを見回すが、どのクルーも出発間際の対応に追われ声をかける隙もない。とはいえ、このままだとわたしが着席できないわけで、とにかくリュックを収納してもらわねば――。
わたしはリュックを引きずりながら、機内の先頭まで歩いた。するとそこには3人のクルーがいた。彼女たちは、なにやら慌ただしく申し送りをしている様子。
「あのぉ・・・」
誰ともなしに声をかけた。すると、一人のCAが驚きの一言を発したのだ。
「うわっ!ニューヨーク便でご一緒させてもらったお客様じゃないですか!?」
(・・・?)
わたしがニューヨークへ行ったのは2月の頭。もちろんCAは何人もいたが、なぜ彼女がわたしのことを覚えているのだろうか。
というか、行きと帰りどちらの便で一緒だったのかが気になる。なぜなら、行きも帰りもそれなりの奇行に走ったため、いずれにせよ覚えていてほしくはないからだ。
しかもあの当時、日系航空会社は乗客も乗務員もマスク着用が義務だったはず。そして日頃からマスク不携帯のわたしは、搭乗前に強制配布されたマスクを素直に着用していたはずである。
となると、なぜわたしの素顔を見た瞬間に、自信満々に思い出せるのだろうか――。
そもそも、国際線の乗務員は国際線だけで回しているものだと思っていたが、どうやらそんなことはない模様。まぁたしかに、国際線だけで一か月の勤務シフトを組むとなると、スタンバイやミーティングを入れたとしてもなかなか難しいのかもしれない。だからこそ、こうやって国内線を織り交ぜてバランスを保っているわけか。
ニューヨーク便の彼女から座席番号を聞かれたので、ボーディングインフォメーションを見せたところ、別の担当クルーが現れた。そして重たそうにリュックを担ぐと、どこかへ消えていった。
その後わたしは、座席についてからそれとなくCAの顔をチラ見してみた。すると案の定、全員が同じような背格好と髪型に同じ制服、おまけにマスクをしているため、誰が誰だか判別するのは困難だった。
(CAって、すごい記憶力なんだな・・・)
国際線ならば一回のフライトで200~300人ほどの乗客と接する。実際には、自分の担当する範囲がメインとなるためもっと少ないが、逆にいうと、そこにハマらなければ存在を知られることもないため、それこそ爪痕は残せないわけだ。
となると、わたしがなぜ彼女の記憶に残っていたのか――。
・・・絶対に、奇妙な行動をとっていたからに違いない。
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