わたしは今、泣きながらサラダパンを食べている。
ちなみにサラダパンとは、滋賀県民ならば誰もが知っている郷土料理である。これを知らない滋賀県在住者は、もぐりだと断言できるほどのソウルフードだ。
有限会社つるやの、目玉商品であるサラダパン。とはいえ、わたしがこの商品を知ったのは、そう昔のことではない。
滋賀県出身の後輩が、パン好きのわたしに「サラダパンを食べさせたい!」と言い出したのがきっかけだった。
サラダパンという名前を聞いたわたしは、トマトやキュウリ、そしてポテトサラダがパンの間に挟まっているものを想像した。
一般的にいうところの、サラダサンドだと思ったのだ。
そして残念なことに、わたしはそういったパンが嫌いである。
パンといえばバターとの相性が抜群。決して、マヨネーズなどという異端児を塗るべきではない。
これは白米に関しても同じだ。よく、シーチキンマヨとか明太マヨといった、正統派の真逆に位置するおにぎりを目にするが、あんな邪道なものは受け入れられない。
このような「独自の深いこだわり」からも、パンにマヨネーズを塗りたくったような、サラダ系のパンが大嫌いなのである。
「な、中身はなにが入ってるの?」
9割方、ポテトサラダと言われることを受け入れつつも、念のため中身の確認をしてみた。すると、意外な答えが返ってきたのだ。
「うーんと、たくあんとマヨネーズかな」
・・・たくあん?
たくあんとは、あの黄色い大根の漬け物のことか?ご飯やおにぎりのお供として有名な、あのたくあん??
細かく刻んだたくあんとマヨネーズが、べっとりと収まっているコッペパンなど、どう考えても美味いはずがない。百歩譲って「変わった味」という表現でも御の字だ。
・・・いや、正直に言おう。このパンは失敗作である。この組み合わせは不味いに決まっている。
しかし、目をキラキラさせながらサラダパンについて熱く語る後輩を、ぞんざいに扱うことはできない。
そこで、彼女が帰省した際にサラダパンを買ってきてもらう約束をしつつ、そんなことも忘れて時は過ぎた。
*
「・・これ!」
久しぶりに会った後輩から、大量のパンを手渡された。袋を除くと真っ先に、黄色と緑のパッケージが飛び込んできた。――そう、サラダパンだ。
(・・・しまった、約束してたんだ)
見た目は単なるコッペパン。横から覗いても、たくあんらしき黄色い物体は確認できない。――本当に、この中にマヨネーズとたくあんが入っているのか?
物は試しだ。考えるよりも食べるほうが早い。そう、失敗したっていいじゃないか。人生なんて、トライアル・アンド・エラーの繰り返しなんだから。
わたしはサラダパンを掴むと、おもむろに左右へ引っ張り袋を破いた。
やはり単なるコッペパンにしか見えない――。
もはや半信半疑で、サラダパンの頭にかじりついた。
(・・・た、たくあんが入ってる!!!!)
紛れもなくこれはたくあんの味だ。みじん切りにしたたくあんを、マヨネーズであえた具材が入っている。
これはまったくパン生地にフィットしない。そもそもパンにマヨネーズなど、邪道中の邪道。おにぎりでさえ許せないのに、パンが許されるはずもない。
とはいえ、たしかに歯ごたえはいい。コリコリと小気味いい音を響かせながら、のどを通り過ぎて行く。マヨネーズも、想像していたほどの不協和音ではない。
だがトータルすれば、当然ながら美味いとはいえない。サラダパンのプライドのためにも、お世辞で「美味い」などという言葉を口にするのは失礼だ。
せっかく買ってきてくれた後輩には悪いが、正直な感想を伝えよう――。
一口かじったサラダパンを、わたしはそっとテーブルに置いた。
その10秒後、わたしは無意識にサラダパンを口へと運んでいた。
誤解のないように伝えておくが、二口目の感想も「たくあんが入っている」だった。
しかしなぜか三口目、四口目とペースが落ちないのだ。
そして気づけば、サラダパンは跡形もなく消えていた。
*
ちなみに、サラダパンを食べながら泣いていたのには訳がある。
アニメ・頭文字(イニシャル)Dで、性格の悪い挑戦者たちが峠のダウンヒルで敗れ、ガードレールに激突した愛車を撫でながら泣く姿や、エンジンブローで主人公の車(ハチロク)が止まり、積載車に寂しく横たわるハチロクの姿に、わたしの愛車・ダミを重ねてしまったのだ。
サラダパンは元来、しょっぱくはない。
ということは、これはわたしの涙の味なのか。
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