滅多に電話に出ないわたしだが、この時間帯の電話は訳あって、積極的に取ることにしている。
時刻は午後7時過ぎ。わたしの携帯に登録のない番号からの着信。
これは間違いなく、ソレ系だろう――。
「あ、もしもーし。URABE先生のお電話でしょうか?わたくし、ライジング(仮名)のマツモトです、いつもお世話になっておりますぅ!」
フレンドリーながらも礼儀正しい女子の声が飛び込んできた。
(えっと、わたしの顧問先でライジングといえば・・・)
もちろん、そんな名前の顧問先はない。つまり、社労士と業務提携したいと考えている、見ず知らずのコンサル会社からの営業電話である。
本日の営業女子は、あらかじめこちらの状況を確認した。このステップを怠る営業が多い中、そこだけは好感が持てる。
そして「いま忙しい」と告げると、
「ですよね、承知しました。では、手短に要件だけお伝えしますね。先生とお仕事をさせていただくにあたっての資料をまとめましたので、よろしければこの後、事務所までお届けしようかと思いまして」
と、テンポよく言い切ったのだ。
わたしは、またいつもの癖で記憶が欠落したのではないか?と己を疑った。
そのくらい、一瞬たりとも隙を見せず、淀むことなく彼女が話し終えたからだ。
「えっと・・・誰?」
勇気を振り絞ってこう尋ねた。すると彼女は、
「あ、わたくし、新宿にある株式会社ライジング(仮名)の、マツモトです!」
と、先ほどと同じセリフを繰り返した。
ライジング・・・。
格闘技のイベントを行う「ライジン」ならば知っている。あとは、ロックフェスティバルの「ライジングサン」とか、自衛隊の新隊員の日常を描いたアニメ「ライジングサン」とか。たしか「ライジングサンコーヒー」ってのもあるな。
しかしいずれも無関係だし、さらに「ライジング」ではない。・・・やっぱり誰だよ!
「私、あなたの会社のこと知らないよね?」
無駄に時間を奪われている怒りと、この図々しさがどこから来るのか知りたい好奇心とで、複雑に入り乱れた気持ちを抑えながら尋ねる。
「あぁー、なるほどぉー。そぉでしたかぁ。そっれは、大変失礼しましたぁ。うちの代表が今年の夏に、お電話させていただいたはずなんですけど・・・」
唖然とするほど、鋼のメンタルの持ち主である。
半年前に、同じような営業電話をかけてきた実績があると。そしてその際に、わたしが乗り気で話をしたとでもいうのか。ならばなぜ、季節が冬になるまで一切のアプローチを行わなかったのか――。
しかしこの質問は、適当にはぐらかされた。彼女は代表ではないので、そのあたりのことは存じておりません、というニュアンスでかわされたのだ。
「弊社が全国からお客さまを集めて、問題や相談を先生にどんどんお送りします!」
悪びれる様子もなく、ハツラツとした口調で業務提携の内容を説明する女子。そこでわたしは、
「わたし、一日を21時間で回してるんだけど、わたしを殺す気かな?」
と、冗談混じりの意地悪な質問をしてみた。すると、
「いえいえ!わたくしどもは、少しでも先生の稼ぎが増えればと思いまして」
と嬉しそうに答えたのである。
(・・・おまえさ、日本語の意味理解できてる?)
口から出かかった下品な言葉をぐっと飲みこむと、もう一度わたしは彼女に尋ねた。
「頼んでもいないのに、なんでそんなにグイグイこれるの?わたしのキャパ知ってて言ってるの?」
それでも調子を変えることなく、しかし淡々と謝罪をする彼女。
(いや待てよ。むしろこのメンタル、使えるかもしれない・・・)
普通、ここまで嫌味を言われたら多少なりとも萎えるもの。それでも彼女はめげることなく、自身のテンションで話しつづけた。
声の感じからすると20代であることは間違いない。そして敬語もわりとしっかり使えているので、若者にありがちな無礼さもない。
さらに、完全に自分のレベルで仕事をこなしている。
想像するに、上司や社長は大した人物ではない。なぜなら、こんなコンプライアンス無視のビジネスモデルを、堂々と押し売りするような会社だからだ。
そもそも自社で社労士を囲えばいい。それができないからこそ、こうして営業電話をかけまくっているのだから。
だが彼女は、そんなボンクラの中で唯一、仕事ができるオンナなのではなかろうか。
もしもわたしが秘書を雇うとしたら、この「彼女」をスカウトするだろう。なにがあろうと一歩も引かず、己のテンポで躱(かわ)しきる対応力が見事だからだ。
その場で対応できずに「上司に確認します」などと逃げる小物よりも、よっぽど信頼できる。
もしかすると、仕事が終われば愚痴をこぼしているのかもしれないし、家では泣いているのかもしれない。
それでも、そんな素振りを微塵も見せないノーダメージっぷりは圧巻であった。
彼女は「株式会社ライジング(仮名)」を退社しても、きっとうまくやっていくだろう。
むしろ、退社したほうが大成すると思うが。
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