わたしにとって「晩飯のおかず」といえば、焼いた肉こそが最高の贅沢であり、これ以上の対抗馬は現れないだろう。
決して京都をバカにするわけではないが、「お麩こそが最高どすえ!」だなんて、まぁ普通に考えてありえない。
状況によっては、たしかにお麩が相応しい場面があるのは否定しない。そしてお麩こそが、味わい深く情趣に富んでいると、思わないわけでもない。
だが、数ある肉料理の中でも「焼肉」という料理は、食べる前から「美味そうなニオイ」という攻撃が始まっている時点で、お麩に限らずいかなる料理と比べても、明らかに破壊力が違うのだ。
よって本日の晩飯は、焼肉に決まりである。
*
赤坂の歓楽街をトボトボと歩くわたしは、とある看板の前で立ち止まった。
(一人焼肉推奨店、焼肉ライク・・・)
わたしの生活圏内でよく見かける看板である。ガラス越しに覗いてみると、カウンター席がアクリル板で仕切られており、一人一台の無煙ロースターが割り当てられている。
そう、皆さんご存知の通り、好きな部位を好きなだけ一人で楽しめる、「焼肉ファストフード店」というジャンルを確立したのが、焼肉ライクなのである。
(先日、北海道でものすごく美味いジンギスカンを食べたばかりだが、東京の一人焼肉とやらの査定でもしてやるか・・)
こうしてわたしは、焼肉ライクの暖簾をくぐった。
先に言ってしまうが、わたしはここで「肉以外の大好物」に満足した。
まさかこの店で揃うとは思いもしなかったが、わたしの期待を裏切るかのように、ご所望の品がすべてテーブルに並べられてしまったのだから仕方ない。
たとえばTKG(卵かけごはん)、たとえばカレーライス、たとえば大盛りの白米――。
とはいえ、
「所詮、焼肉のファストフード店だろ?」
などと軽く見てはいけない。白米マニアのわたしを完全に満足させるほどの、高いポテンシャルを持つ米と炊き方だったのだから。
結局、わたしは一杯170円の白米を、大盛りで4杯頼んだ。そこへトッピングとして、TKGとカレーを注文した。
この組み合わせは王道であり、罠である。
まずは白米だけを満喫し、続いてTKGで幸せをかみしめる。そしてカレーでガツンと胃袋を刺激したら、仕上げに、肉汁で白米をいただいて終わり。
――この魔のローテーションにより、わたしの胃袋と脳は完全に満たされてしまったわけだ。
実をいうと、はじめは白米の大盛りを3杯しか頼んでいなかった。米の食べ方としては、ノーマル・TKG・カレーだけで十分だからだ。
ところが、焼肉ライクは一人一人のスペースが狭いためか、取り皿が置かれていない。
いや、探せばあったかもしれないし、頼めばもらえただろう。だが、そんな「めんどくさい客」のレッテルを貼られたくないわたしは、取り皿の代わりに「白米の大盛り」を追加注文し、気前のいい客を演じたのである。
こうして届けられた「てんこ盛りの白米」は、業務米どころか、岩手県産のブランド米「ひとめぼれ」だった。
炊き方は、あえてちょっと硬めにしてある。これは、焼肉との相性を考え抜いた末にたどり着いた、最高の「咀嚼満足度」とのこと。
(たしかに、米がべちゃべちゃしていないほうが、肉のジューシーさを邪魔しない気がする・・)
さすがは国産米である。どんな硬さで炊こうが、白米単体でも美味いし、肉を載せて食べればさらに美味い。
――これには思わず、唸らされた。
むしろ、カルビから滴り落ちる肉汁と脂を存分に吸収した、噛み応えのあるひとめぼれは、米の表面を上質なオイルで潤わせたかのように、するりと喉を通りすぎる。
そしてロースターいっぱいに肉を並べたわたしは、焦げた肉を次から次へと、取り皿代わりの白米の上に避難させた。
そこでようやく気がついたのだ。
(熱すぎる肉を冷まして、ちょうどいい温度にさせるための「待機所」みたいなものか!焼肉における米の存在というのは・・・)
今までわたしは、肉は肉、米は米という主義でやってきた。国産で上質かつ繊細な白米を、肉の脂やタレに汚されたくなかったからだ。
無論、肉は肉で高貴な美味さと安定の食べ応えを兼ね備えており、だからこそあえてほかの食べ物と合わせる必要がない、という考えに基づいているのは言うまでもない。
だが今日、わたしは「白米」という「取り皿」の使い勝手の良さに、気づいてしまったのだ。
さらに、焼肉ライクの白米に関しては、ダイレクトに米だけを食べるよりも、肉と一緒に食べたほうが明らかに美味いということを、身をもって知ってしまったのである。
ちなみに、必ずしも「肉と一緒」である必要はない。
熱々に焦げた肉を、白米の上でちょんちょんとバウンドさせて、余分な脂とタレを落としてから肉だけを食べるも良し。
そして肉汁やタレでコーティングされた白米を、後から急いで掻き込んでも良し。
――この店ならば、どうやって食べても「美味い米が食える」ということに、わたしはとうとう気付かされてしまったのだ。
*
そういえば、一つ気になったことがある。
焼肉ライクは「無煙ロースター」のため、煙は出ない。よって、焼肉特有の煙のニオイが気にならない、というのはその通りだった。
しかし、わたしのロースターからは、なぜかずっと火柱が立っていた。
何かが燃えているから火柱が立つわけで、まずは鉄板に乗っている焦げた肉を取り除いてみる。
それでもまだ火柱が立つので、鉄板の下に落ちたのであろう肉の残骸(?)をトングで突いて、木端微塵に成敗した。
・・・すると、当たり前だが火柱は止んだ。
両隣りの客のロースターから火の様子はうかがえないが、火柱が立てば目立つからわかるだろう。つまり、彼らは火柱を立てていないのだ。
――これは、わたしの調理方法が間違っていたのだろうか?それとも、わたしのロースターがおかしかったのだろうか?
この部分だけが謎ではあるが、とりあえずそそくさと会計を済ませると、駅へと向かった。
・・・おっと。焼肉の話をしようと思いつつ、米の話で終わってしまった。
だが「焼肉ライク」が本気を見せたのは、明らかに肉ではなく白米だった、という点に異論はないだろう。
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