日本代表vs台湾代表

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わたしは断じて、痛みに弱いほうだとは思わない。むしろ強いほうだと自負しているわけで、たかが男の指ごときで泣き言などいってられないのである。

 

しかし、ギュッとつぶった目蓋の端からは、一筋の温かな雫が落ちるのであった。

 

 

肩こりや筋肉痛と無縁のわたしは、マッサージなどへ通う習慣がない。

むしろ、そんなことで数千円を払うのならば、同じ金額でパンケーキか肉を食べるだろう。

 

そんな「食欲の鬼」と呼ばれるわたしだが、つい30分前までカレーとパンケーキとコーヒー4杯を飲み食いしていたとなると、次の予定までの暇つぶしに、再び飲食店へ入るのは憚られる。

かといって、コンビニのイートインスペースではくつろげないし――。

 

すると目の前に、「一時間の暇つぶし」に持って来いの看板が立っていた。

台湾式足つぼ

これならば、のんびりくつろぎつつも過不足なく時間を潰せる。よし、ここに入ろう。

 

過去にも足つぼマッサージの店に入ったことはある。だが一度も、耐えられないほどの痛みや刺激を受けた覚えはない。

足裏のツボを押されると、尋常じゃない叫び声をあげて悶絶する友人がいるが、あれは元演劇部だからだろう。もしくは、「焼肉のニオイを嗅いだらヨダレが出る」のと同じような回路で、「足裏を押されたら叫ぶ」と、反射的にインプットされているのかもしれない。

いずれにせよ、わたしはそういったフィジカルの痛みには、めっぽう強いのである。

 

「イラッシャイマセ」

 

台湾人男性に迎えられ、わたしはリクライニングシートへと案内された。下半身のみ半ズボンに履き替えると、いざ、眠りの世界へと旅立とう。

 

(ぬおぉぉっっ!!!)

 

声にならない叫びをあげるわたし。足裏へのキックオフと同時に、強烈な刺激痛を感じたのだ。

さすがに、大袈裟に痛がるのは恥ずかしいしプライドが許さない。そこで、さりげなく薄目を開けると、施術をする台湾人男性の様子をうかがった。

 

――見るからに真面目そうな好青年である。

 

わざと力強く指圧しているわけではなさそう。さらに、指の関節部分を滑らせるようにして、足裏を部分的に撫でているだけだ。

 

「強サハドウデスカ?モウ少シ強クシマスカ?」

 

穏やかな笑顔でそう尋ねる男性。わたしはすぐさま、満面の笑みを浮かべながら、

 

「強くしなくてだいじょうぶ」

 

と答えた。

 

本音は、「かなり痛いから、もう少し弱くてほしい」以外にありえない。

だが、これを言ったらおしまいである。「あぁ、やっぱり日本人はこんなもんか」と、根性無のレッテルを貼られてしまうからだ。

 

それだけは免れなければならない。一億二千万人を代表して、このわたしがなんとかして面子を保たなければ――。

 

そして再び、静かに目を閉じた。

好青年の第二関節が、わたしの足裏を的確に刺激し続ける。同じ箇所を6~7往復すると、次の場所へと移動する模様。つまり、この6~7往復さえ凌げば、激鈍痛から一瞬、解放されるのだ。

もちろん、次の箇所でも2擦り目から痛みが現れ、3,4,5擦りと痛みは増していく。そして、とうとう我慢ならないほどの絶頂に達したところで、しれっと次へと移動するのだ。

 

気付けば手のひらは汗でぐっしょり。さりげなく握りしめているブランケットが、汗を吸収してくれるおかげでどうにか保てている。

さらに額からも汗が流れる。室内は薄暗いため、まさかわたしがこんなに汗まみれになっているとは、好青年も気づくまい。

 

そしてなにより、余分にTシャツを着ておいてよかった。わたしの脇からは、閉まりきっていない蛇口からポタポタこぼれる水道水のように、とめどなく汗が流れ出ているのだ。

脇汗はオンナの敵!だが、今はそんなことを言っている場合ではない。最悪なことに、ねずみ色のロンティーを着ているわたしは、とにかく脇汗がバレないようにやり過ごさなければならないのである。

 

涼しい顔で気持ちよく寝ている素振りを見せる、日本代表のわたし。

それに対して、黙々と一心不乱に足ツボを刺激する、台湾代表の好青年。

 

お互いの騙し合いがいつまでつづくのか、ここが正に正念場だ。

 

足裏を刺激されて「痛い」と思っても、そこで力んではならない。指を硬直させたり反らせたり、少しでも不自然な動きを見せた瞬間に、「あ、痛いんだな」と気づかれてしまうからだ。

 

そこでわたしは腹の奥深く、そう、丹田に力を込めた。

足は脱力し、完全にリラックス状態を保つ。しかし丹田を中心に、臀部、背中、首、両手に力を入れることで、痛みに耐えるのだ。

 

呼吸が浅くなり意識が遠のきそうになる。いかん、深呼吸だ――。

 

「あらやだ、アタシったら気持ちよすぎて眠っちゃったわ」

 

と言わんばかりの表情で、寝起きを装い深呼吸を一回、二回。

そして再び歯を食いしばると、ギュッと目をつぶり激鈍痛と向かい合った。

 

(そうだ、わたしは特殊部隊。拷問訓練などお手の物である!)

 

こうして、気を失うことなく60分を耐え凌いだわたし。試合終了とともに、台湾代表が握手を求めて来た。

 

「ドウデシタカ?」

 

ピッチを降りたらもはや、トモダチである。

 

「いやぁ、めちゃくちゃ痛かったよ」

 

つい本音を漏らすわたし。すると、

 

「エ?痛イナラ言ワナキャ!フツウ、スグニ言ウヨ」

 

と、驚いた表情で台湾代表が笑う。

 

(・・・勝った)

 

港区赤坂で行われた「ワールドカップ日本vs台湾」は、激戦の末に日本が勝利を手にしたのである。

 

Illustrated by 希鳳

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