傍聴人Xの冤罪

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久しぶりに裁判所を訪れた。

 

「裁判」というものをするにあたり、良いことなど一つもない。

結果的に訴えが認められようが認められまいが、幾ばくかの解決金を得ようが得まいが、そこまでの過程で「嫌な気持ち」にならないことなどないからだ。

 

裁判をするということは、何らかのトラブルに見舞われている。

うまい具合に着地点が見つからず、法律による解決に頼るしかなくなった人間らが集まる、いわばトラブルの墓場だ。

判決が出て、それに納得しようがしまいが、振り返れば楽しい思い出など何もない。そんなことを繰り返すうちに、いつしか心がマヒして感情すら動かなくなる。

 

たまにこういうバカがいる。

「オレは裁判に勝ったからすごい」

裁判でしか解決できなかった、己の無能を恥じるべきだ。

 

 

昨夏のこと。次の仕事までの暇つぶしと避暑の目的で、東京地方裁判所を訪れた。

 

だがすぐに「ミスった」と後悔する。なぜなら裁判所の中は冷房が効いていないため、クソ蒸し暑いからだ。

かわいそうに裁判官など真っ黒の法服をまとっているため、それこそ「熱中症に気をつけてくださいよ」という感じだ。

 

とりあえず、設置されているタブレットの開廷表を見ながら、適当な事件を選ぶ。そしてフラっとその部屋(法廷)へ入った。

すでに審理中であり、なんとも重苦しい雰囲気が漂っている。

わたしは右側の入り口から入ったので、右端の一番後ろにそっと腰を下ろす。

 

すると、原告側の弁護士2人と原告が一斉にわたしを見た。

(え?誰あれ)

と言わんばかりの表情だ。

 

何となく居心地が悪くなったわたしは、中立的な立場をアピールするために、そっと真ん中へと移動する。

傍聴席は左右8席ずつに分かれており、真ん中の通路を挟んで向こう側の席に座った。

 

するとまたもや鋭い視線を感じる。

今度は、被告側の弁護士と被告がこちらを凝視している。

(誰だよ、あれ)

と、顔に書いてある。

 

ーーヤバイ、完全に選択ミスだ。

 

顔を上げると、正面に座る裁判官と目が合う。

(えっと、どちらさん?)

もし言葉を発するとしたら、こう言いたげな顔だ。

 

そのうち、裁判官の前に座る書記官と速記官とも目が合う。

こうして、当事者でも関係者でも何でもないわたしは、なぜか法廷内のすべての人物と目が合った。

 

ーー苦しい。蒸し暑いせいか、息苦しい。

 

あまりのプレッシャーに耐えかねたわたしは、そそくさと法廷を後にした。

 

 

無言の圧力により部屋を追い出され、廊下をあてもなくトボトボと歩く。

これといってすることもなければ、法廷内は居心地が悪いし、それでいて涼めるわけでもないーー。

 

当てが外れたわたしは、左手に見える「証人待合室」を覗いてみる。

(誰もいないか・・)

とそこへ、清掃員らしき老人がモップを引きずりながら入ってきた。

 

「はいどーも」

 

清掃員用のユニフォームを着たおじいちゃんは、掃除用具としては使い勝手の悪そうなモップを杖がわりにし、床の汚れを探している。

(あ!汚れを通りすぎた)

明らかに汚れがあったが、おじいちゃんはそれを見逃した。そして真っすぐヨロヨロと進んでいく。

 

ところどころでモップを動かすが、それは汚れではなく黒いゴムの跡や、経年劣化による色素沈着だったりする。

狭い待合室をぐるっと一周すると、

「はい、失礼しました」

と言って出て行った。

 

当たり前だが裁判所は税金で運営されている。

リタイアしたお年寄を清掃業務に従事させることで、社会貢献の意味合いも兼ねているのだろう。

今思えば入り口の荷物検査をしていたスタッフも、皆、年寄りだった。

 

「ピーって鳴ったけどね、気にしなくていいよ」

 

金属探知機に引っかかったわたしに、そう笑顔でアドバイスをくれるおじいちゃん。

(いや、ダメだろう)

こうして悪者が荷物検査をクリアし、法廷内へと侵入するのではなかろうか。

ーーやや不安が残る。

 

そして腹立たしくもあり不思議でもあったのが、外に立っていたガードマンが両手フリーのわたしに向かって、ものすごい剣幕で怒鳴りつけてきたことだ。

 

「コラッ!携帯撮影は禁止だぞ!」

 

・・・え?わたしのどこに携帯電話がありますか?

 

あのガードマンが、わたしの何と携帯電話を見間違えたのかは不明。だがとにかく1ミリも悪いことをしていないわたしが、公衆の面前で怒鳴りつけられるとは腑に落ちない。

とは言え、ここで食い付けば奴らの思うツボ。

 

ーー公安が仕掛けたワナかもしれない。

 

そう冷静に判断したわたしは、ガードマンに突っかかることもなく、大人の対応で裁判所内へと入ったのだ。

 

 

やっぱり裁判所なんて、仕事でもプライベートでも来るもんじゃない。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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