背徳のフォカッチャ

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(背徳とは、なんと魅惑的な味なのか・・・)

わたしは、ル パン ドゥ ジョエル・ロブションの、分厚いフォカッチャを貪り食いながらそう呟いた。久々のロブション、そしてフォカッチャ。オリーブオイルの風味と塩味が口の中でフワッと広がる。あぁ、美味い——。

 

 

角度によっては美人な友人が、気を利かせてロブションのパンを差し入れてくれた。しかも食パンとフォカッチャという、どちらかというと素材勝負の塊のような、ズッシリとした小麦粉が両手にのしかかる。

(減量中のわたしに向かって、このような高重量のパンを差し入れるとは、いい度胸だ・・)

健康維持のために体重を落としているわたしは、ここ最近、小麦粉系は控えていた。とはいえ数日前、友人の披露宴でケーキをおすそ分けしてもらったり、列席者のパンやケーキを奪ったりしたため、一般人よりは大量の小麦粉を摂取したと思われる。それでも、気持ちは「減量中」なので良しとしよう。

 

小麦粉は「白い悪魔」の異名をとるだけあり、その中毒性たるや半端ない。とくに食パンなど、あっという間に一斤を食べ終えてしまうわけで、こちらにその気がなくとも、知らず知らずのうちにカラダは小麦を求めてしまうのである。

そしていつしかロブションの食パンは消えていた。

 

(ダメだ。ここで耐えなければ、減量など夢のまた夢・・)

 

わたしは己に喝を入れた。するとそこへ、まるでカビが生えたような緑色の表面に、しなびたオレンジ色のドライフルーツが埋め込まれた、見覚えのあるハードパンが置いてあることに気が付いた。

これは、わたしの大好物であるMOISON LANDEMAINE(メゾン・ランドゥメンヌ)の、アプリコピスターシュだ。パン生地の緑色は、カビではなくピスタチオペースト。そしてしなびたオレンジ色のドライフルーツは、甘酸っぱいアプリコット。

以前、友人宅でこれをつまんだ瞬間に、わたしはアプリコピスターシュの虜となった。それを知っている彼女が、わざわざ買ってきてくれたのである。

 

「たいした量じゃないから、大丈夫だよね」

そう言いながら、アプリコピスターシュと洋ナシのタルトを手渡す友人。

(洋ナシなどほとんどが水分。ハードパンだってスカスカだから、大した重さにはならないだろう——)

祈るように念じると、わたしは一目散に洋ナシのタルトへ手を伸ばした。何重にも薄くスライスされた洋ナシと、アーモンドクリームがたっぷり塗られたフュイタージュアンベルセ(逆折り込みパイ生地)が、絶妙なハーモニーを醸し出している。

そしてすぐさま、カビパンことアプリコピスターシュを鷲掴みすると、口の中へと突っ込んだ。あぁ、これは絶品だ!いつ食べても美味い——。

 

胃袋が満たされたところで、もう一度テーブルに向き直ると、ズッシリとしたロブションのフォカッチャが一人、圧倒的な存在感を示していた。

もうこうなったら、食べるしかない。なぜなら、差し入れでもらったパンはフォカッチャを除いて、すべてこの世から消え去ったのだから。

 

フォカッチャを包むビニール袋が、オリーブオイルでギトギトになっている。これぞフォカッチャの醍醐味。そしてわたしは、分厚いフォカッチャを適当にちぎると、口の中へと放り込んだ。

(おぉ、ハーブの香りとほのかな塩味が絶妙じゃないか!)

フォカッチャといえばオリーブオイルと塩、そしてローズマリーが食材の定番である。とはいえ今の今まで、わたしはローズマリーがどのような形状をしているのか知らなかった。たまたま友人に、

「フォカッチャに貼り付いてる、茶柱というか松葉みたいな細い棒あるじゃん?あれは何かね」

と尋ねたところ、それはローズマリーだと教えてくれたのだ。ローズマリーという名前からは想像もつかない形状に驚いたが、とにかくこれのおかげでオイリーな舌触りがサッパリするのだから、この組み合わせを思いついた人物は称賛されるべきだろう。

 

そして何よりも、体重を落とそうとしているにもかかわらず、夜中に大量のパンに舌鼓を打つという背徳感が、美味さと満足度をさらに際立たせている。

あぁ、コソコソと悪事をはたらく快感とは、このような背徳感からくるものなのかもしれない——。

 

 

白い悪魔のチカラは、恐ろしく強大である。

 

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