わたしは雪国育ちだから、寒さへの耐性はあるし凍った道路もへっちゃらだ。
だが正直、寒さには弱い。可能な限りぬくぬくしていたいし、東京ごときの寒さでもガクブルする始末。それでも、寒い場所へ行けばそれなりの覚悟を持つことはできる。つまりスキー場へ行けば、寒いのは当たり前なので「寒い」などとは思わないわけだ。
少し前に北海道を訪れた時もそうだった。冬の始まりくらいの時期で、都内ではまだそこそこの防寒対策でしのげる程度の寒さだったが、「北海道をなめてはいけない」と、気を引き締めて上陸したわけだ。
想像していた通りに空気は澄んでいて、夜になれば頬を刺すような冷気に見舞われた。だが、北海道に来ているのだから寒いのは当たり前。道行く人々も、ほっぺたを赤くしながら家路へと急ぐが、誰一人として「寒い」などと騒ぐ愚か者はいない。
繰り返しになるが、北海道といえば日本最北端の地域であり、冬場が寒いのは当たり前。砂糖をなめて甘い!塩をなめてしょっぱい!というのと同じことなのだ。
そんな常識的な感覚を持ち合わせたわたしは、所用でニューヨークはマンハッタンを訪れている。
渡米前から、なんとなく「ニューヨークは寒いらしいよ」という情報を得ていたため、それなりの覚悟を持ってやってきた。たとえば、クリーニングの袋をまだ開けていないMA-1(フライトジャケット)を開封し、靴は見るからに暖かそうなUGGのファースリッポンを履き、首にはモコモコのネックウォーマーを巻いており、インナーでヒートテックを重ね着するなど、完璧な防寒対策を施したのである。
(極寒のロシアやベラルーシを経験しているわたしにとって、マンハッタンの寒さなどちょろいもんだ――)
寒冷地への耐性は十分ゆえに決して舐めてはいないが、やや軽い気持ちでニューヨークを訪れたわたしは、まさに背筋が凍る・・・いや、背筋が伸びる洗礼を受けた。
出国前から無駄に忙しく過ごしたわたしは、ここ数日の睡眠時間が7分〜40分程度という、極端な睡眠不足に見舞われていた。それらも影響したせいで、ホテルにチェックインすると同時に極度の眠気に襲われた。
(次の予定が迫っているのに、このままではうっかり寝てしまいそうだ)
じつはここ数日で「仮眠の威力」を思い知ったわたしは、たった7分の仮眠でも24時間まともに活動できることを体験していた。そこで今回も、ほんの数分間目を閉じてから出発しようと考えたのだ。
「もう出発するから、早く降りてきて」
突如、乱暴なメッセージが届いた。マズイぞ、この眠気を抱えたまま外を歩いたら、歩きながら寝る可能性すらある。
しかしわたしは、マンハッタンへ遊びに来たわけではない。仕事という名目で来ているのだ。その責務は果たさなければならない――。
とりあえず、できる限りの防寒対策をしたうえで部屋を出ることにした。
そしてホテルから一歩外へ出た瞬間、まさにその瞬間、本能的に「死」あるいは「殺意」を感じた。いや、感じさせられたというべきか。
生命の危機というものを日常的に感じることなどないが、まさかニューヨークでそれを知ることになるとは思いもしなかった。そのくらい、言葉を選ばずに言うならば「マジでビビるほど」寒いのだ。
もはや「寒い」などという言葉では足りないくらい、体内の細胞が一瞬にして目を覚まし、激しく活動を始めるほどの低温攻撃を受けたのだ。
鼻から入る冷気が喉を通り過ぎる際、突き刺すような感覚に慌てて唾を飲み込む。急いで準備をしたせいで、生乾きとなった髪の毛は見事に凍りついている。目的地までの地図を見ようにも、あらゆる事象が寒冷すぎてポケットからスマホを取り出すことができない。
そして当然ながら、眠気など一瞬にして吹き飛んだのである。
そういえば、「雪山で遭難したときは、決して眠ってはいけない」と聞いたことがある。寒さに耐えきれずにいつのまにか眠ってしまうと、もう二度と目覚めないのだ。
とはいえ、雪山で遭難したことがないのでなんとなくイメージはできても、具体的なシチュエーションまでは思い浮かばなかったこれまでを、本日、全否定させてもらいたい。
現在、気温マイナス13度、そして体感気温はマイナス24度という極寒の状態で、眠くなるなどということはありえない。
ここ4日間の睡眠時間がトータル50分程度のわたしですら、目玉が飛び出るほど目をひん剥いて、全力で震えながら必死に前進を続けているのだ。
そしてとんでもない寒さにより、命の危険を察知した細胞たちは、とにかく体温を下げないようがむしゃらに働き始めたのだ。
つまり、これだけの寒さで眠くなるということは、それは本当に命が尽きる時なのだ。
冗談半分で「寒いときに寝ちゃいけない」などと言うべきではない。それは、本当の寒さを知らない人間が、面白半分に使うセリフだからだ。
寒いときに眠くなることなど基本的にはないわけで、眠気を感じた瞬間からこの世を去るカウントダウンが始まる。
もしも、ちょっとした寒さの中で眠気を感じたとしたら、それはまだ「極寒」ではない証拠である。そのくらい、本気の寒さは眠気すら吹き飛ばすほどガチなのだ。
・・・以上、ニューヨークはマンハッタンから、寒さのリアルについてお伝えしました。
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