結果として、わたしがチラシ配りを手伝った知人候補者は、無事に当選を果たした。そして4期目突入ということで、心機一転新たなスタートを切ることができたのだ。
ところで、わたしは昨日、少なくとも3票を獲得した自信がある。港区の人間がわざわざ他の区へ出かけていって、見ず知らずの人間から3票を引っ張り出したのだから、立派である。
最初に票を獲得したのは、某宗教法人の信者だった。ちなみに彼には2票をお願いしたが、その代わりにわたしは、来月公開の某映画を観る約束をした。彼が約束を果たしてくれたのであれば、わたしも果たさなければならない。
というわけで、わりと簡単に2票は手に入った。そして3票目は、同区内でクリニックを営む先生だった。チラシを渡そうと手を出した瞬間、「そういえばさっき渡したな・・」ということを思い出したわたし。それと同時に、先生もニコっと笑って「さっきもらったよ」と言いながら、ポケットからチラシを見せた。
「ですよね、すんません」
謝りついでに、このアナログな選挙活動についても詫びた。
・・・今どき、チラシなんてもらっても読まないですよね。あとは選挙カーのうるささといったら、騒音以外の何ものでもないですよね。ようやく寝ついた赤ちゃんが、選挙カーの声で起きちゃって、お母さんはその候補者の事務所へ電話してぶち切れたらしいですよ。
「なにが『子育てを支援します!』よ。寝た子を起こすような選挙活動をしていて、よくそんなことが言えるわね!」
そして、その候補者の名前を落選者リストに入れたのだとか。ていうか、選挙のやり方を落選者を選ぶ形にすればいい。最高裁判所裁判官の罷免審査みたいに、落とす人を決めるやり方にすればいいんじゃないか――。
などなど、どうでもいい選挙活動の悪口を並べていたところ、先生も同様の考えを持っていたらしく、われわれは意気投合したのであった。
「では一つ質問してもいいですか。彼が議員になったら、僕にいいことが起きますか?」
ついさっき、この場に合流したばかりのわたしは、チラシを配っているとはいえチラシの中身は読んでいない。ましてや知人の主義主張など知る由もなく、先生のこの質問にどう答えるべきか迷った。
とはいえこれは、先生も答えの見当はついているはず。候補者が掲げる政策を言えば、それが広義的には先生のためにもなるわけで、そんな当たり障りのない返事は期待していないだろう。
ましてやわたしが嘘をつけば、貴重な一票を失うことになりかねない。よし、ここは正直にわたしの気持ちを伝えておこう。
「いいことなんて、なにも起きないと思いますよ」
すると先生は、やや驚きながらもフッと笑った。そしてほぼ同時に「一人で何かしようとしたって、できっこないもんね」という趣旨の内容を口走った。その後、わたしは自分なりの政治論を展開した。
「そもそも、政治家が人間である必要はないんですよ。たとえばわたしの住む港区では、A.I.ジョーっていう人工知能が立候補しています。まぁ、裏に人間の管理者がいるんだけど、やり方が下手だから機能してないんですよね。
あれなんか、わたしに任せてくれたらもっと上手くやるのにな、って思いました。だから近い将来、AIの候補者は増えるだろうし、そのための法改正も必要でしょうね」
先生は目を丸くさせながら、わたしの夢物語に聞き入った。
「たとえばデータの収集や解析なんて、人間がチマチマ手作業でやるよりもAIにやらせたほうが圧倒的に速くて正確。おまけに利権や忖度も関係ないから、ある意味公平な政治が実現するんじゃないかな、って思うんです。だからこそ、これからはAI政治家も誕生したほうがいいと、わたしは考えています」
演説を聞き終えると、先生は何度か小さくうなずき、
「非常に面白いアイデアだ。興味深い話が聞けてよかったです。あなたに投票するつもりで、彼に入れましょう」
そういって、ガッチリと握手を交わしたのであった。
*
帰りの電車を待つ間、「この3票は確実だ」と一人ほくそ笑んでいたところ、見知らぬ男性から声を掛けられた。
「さっき、そこでチラシ配ってましたよね?」
おぉ、やはり金髪メッシュのガタイのいい女は、人々の記憶に残りやすいのかもしれない。ならばキミも、一票たのむよ。
・・・ということは、わたし一人で4票獲得したのか。
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