選挙活動と宗教活動の狭間で

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(もはや狂気の沙汰・・・)

投票日の前夜というのは、候補者にとって感動的なフィナーレとなる。その反対に、冷めた目で、いや冷めた耳で聞かされる有権者にとっては、拷問もどきの大騒音でしかない。

たとえば今、近所を徐行する選挙カーからは、感極まって涙声となった女性候補者の、鼻をすする音が流れてくる。たのむ、頼むから正気を保ってくれ。感情をコントロールしてくれ――。

 

国会や地方議会にて、大声でまくしたてたり机を叩いたり、さらには議長へ詰め寄ったりする光景を見たことがある。そんな常軌を逸した行動を、役者でもないのに堂々と行える大人は、議員という職業以外にわたしは知らない。

そして選挙活動もそうだ。耳を塞ぎたくなるほどの大音量で自身の名前を連呼して、

「子育てを支援します!」

と叫んだその声で、ようやく眠りに就いた幼児を叩き起こすのだから、本末転倒も甚だしい。本当に子育ての充実を考えるのならば、真っ先にその騒音活動をどうにかするべきだろう。

 

つまりは、選挙の方式を変えればいいのだ。議員に相応しくないと思われる候補者の名前を記入すればいい。その結果、選挙カーでワーワー騒ぎ立てれば、間違いなく「相応しくない候補者」として、その名が有権者の脳裏に刻まれる。

そうだ。落選者を選ぶ選挙にすれば、街中が静かになる。

 

そのためには、候補者がまともであること、能力や手腕を発揮できる人物であることの担保が必要となる。つまり誰でも立候補できるのではなく、最低限の「政治家試験と研修」を受けた人間だけが、選挙に参加できる仕組みにすればいい。

たとえば弁護士ならば、司法試験と併せてロースクールや司法修習期間がある。医師ならば、国家試験のほかに実習や研修医期間がある。

このように、人間の命や人権を守る職業がこれだけの能力担保をしているのに、国や地方の未来を左右する、いわば重要なポジションである「議員」という職業が、ズブの素人でいいはずがない。

 

履き違えた民主主義とやらのせいで、バカげた茶番劇を長年見せられてきたが、そもそも政治家としての資質や能力もないのに、市民の代表として任務を遂行できるとでも思っているのだろうか。

そして、レベル低下をスルーしてきたわれわれ国民にも責任はあるし、罪であり汚点といえるだろう。

 

 

候補者の邪魔をしてやろうと、小田急線沿いの某駅へと降り立ったわたし。思ったほど、大騒ぎはしていない様子。

「あしなが学生募金へのご協力を、お願いしまぁす!」

こちらのほうが、よっぽど大声である。だが、子どもの未来がかかっているとあり、この声を非難することはできない。

 

すると、南口方面で知人候補者の姿を発見した。よし、きつくお灸をすえてやろう――。

「わざわざ来ていただいて、本当にありがとうございます!」

心の底から感謝されている模様。いや、説教をしに来たんだが・・。そして、なんやかんやの後に、わたしの手には20枚ほどのチラシが蓄えられていた。

(・・・これを、配るのか)

「候補者キラー」の異名をとるわたしが、なぜか「候補者サポーター」に転身した瞬間だった。

 

 

「あ・・。ど、どうしました?」

チラシ配りの場所を決めようと、駅前をフラフラしていたところ、同じく何かを配っている、いや、勧誘している男性を発見した。なんだろう?と近寄ったところ、逆に警戒されたのだ。

「いや、なにしてんのかなと思って」

正直に答えると、それは幸福の科学の信者だった。選挙活動に混じって、信者を勧誘しているのだろうか?

「アタシんち、大川さんちの裏だったんだよね」

先制パンチを打ってみた。信者は、驚きで目を丸くしながらのけぞった。そして「どちらにお住まいなんですか?」とキラキラしながら尋ねるので、「白金だよ」と上から目線で答えた。すると、まるでひれ伏すかのように膝から崩れ落ちたのだ。

(さ、さすがだ。幸福の科学おそるべし・・)

そして、「私などでは、そのような場所に住むこともできませんし、総裁のご自宅へなど足を運んだことすらありません」というので、

「ベランダからよく見てたよ。まぁ向こうからもこっち丸見えだから、風呂も入らずビン底メガネのアタシのほうが、よっぽど恥ずかしいけどね」

という実情を明かすと、もはやわたしは大川総裁の妾(めかけ)くらいの存在に思えたのだろう。「これをどうぞ!」といって、一冊の単行本をくれたのだ。

 

(なになに、地獄の法・・・?)

 

さらに間髪入れず、彼は薄っぺらいチラシを手渡してきた。

「あ、あのぉ。5月に映画が公開されるので、ぜひご覧ください!」

そのタイトルは、「レット・イット・ビー~怖いものは、やはり怖い~」というもので、サブタイトルにはクスッとなりそうだが、単なるホラー映画とは一味違うのだそう(パンフレット談)。

 

映画の専用サイトも立派なつくりで、改めて、宗教法人の資金力や団結力を見せつけられた気分である。いずれにせよ、ちょっと面白そうな内容だ。観に行こうかな――。

 

 

「・・どうしました?」

道端で怪しげな交渉をするわれわれを、訝しく思った知人候補者がこちらへとやって来た。

「彼が、投票してくれるそうです!」

チラシ配りをサボっている・・・と思われたくなかったわたしは、咄嗟に信者を切り捨てた。そして「えっ?えっ?」となっている彼を置き去りにして、わたしはその場を後にしたのである。

 

(今回、幸福実現党の候補者はいない。ならば一票くらい入れてやっても、バチは当たるまい・・)

 

Illustrated by 希鳳

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