Dead or Aliveー野生動物の宿命ー

Pocket

 

ーー憂鬱だ。

 

憂鬱(ゆううつ)と鬱(うつ)ではどちらが上なんだろう。鬱に「憂(うれ)う」がくっ付くのだから、憂鬱のほうが鬱より上なのではなかろうか。

そんなことを考えるようでは、鬱でも憂鬱でもどちらでもいいくらい精神的に不健康な状態と言える。

 

憂鬱の原因はアバラの痛みだ。パキっと快音を響かせてから早10日。図らずも昨日、調子に乗って床に座ってみたところ、肋軟骨に激痛が走りわたしはこの世を去った。

しかし考えてもみてほしい。床に座ることが特殊なことだろうか?普段の生活は椅子やベッドのため、地面に腰を下ろすことはなかなかない。だが和室で暮らす人にとっては地面に座ること、寝転ぶことが当たり前の日常であり、それをするなと言われれば生活など成り立たない。

そんな当たり前の動作をしただけで、この10日間が無駄になったのだ。

 

 

怪我をしたとき、わたしは痛み止めを飲まない。

怪我が治癒すれば痛みも消えるわけで、根本的な治療ではない「痛み止め」という魔法が気にいらないのだ。

何より、もしこれが野生の世界だったら、わたしはアッサリ死ぬことになる。

痛み止めを飲まなければ動けない、生活できないのは人間くらいだ。野生動物ならこれ見よがしにハイエナに囲まれて骨の髄までしゃぶりつくされるのだろう。

 

人間界という生ぬるい世界でぬくぬく生きているわたしは、怪我をするたびに野生を感じる。そうだ、これが野生動物の世界だとしたら、わたしは歩き続けなければならない。エサを探して確保しなければならない。襲われそうになったら全力で逃げなければならないーー。

そんなことを考えつつ、わたしの横をツタツタ通り過ぎていくチワワ(老犬)をにらむ。今のわたしはこんなちっぽけな動物にも劣る戦闘力なのだ。

悔しくて涙があふれる。

 

 

そういえば「ハイエナ」で思い出したが、ハイエナの歯と咬合力(噛む力)の強さは尋常じゃない。人間のおよそ7倍の力で噛み砕くことができ、ライオンやトラよりも強い歯とアゴを持っている。

そして、ハイエナが動物の死肉や骨をバリバリ噛み砕いて分解してくれるおかげで、自然界の生態系が保たれているのだ。

 

ちなみにわたしがよく間違われる「ゴリラ」も咬合力の強い生物だ。鋭利な犬歯と頑丈なアゴを持つゴリラは、人間の8倍の力で噛み砕くことができる。

その理由として、樹皮や木の実、塊根など通常では噛みきれないような硬い繊維質の素材を食糧とするためだ。

しかしゴリラの特筆すべき点は咬合力ではなく握力だ。およそ500キログラムともいわれる力で掴まれたら、逃げられないどころか頭蓋骨すら粉砕されるだろう。

 

つまり、野生とは恐ろしい世界なのだ。

こんな生死を賭けた暮らしを続ける彼らに対して、たかが肋軟骨が折れただの肉離れしただの、そんな小ケガで大騒ぎするなど愚の骨頂。正々堂々、薬にも頼らずこの疑似野生の世界を生き延びるのだーー。

 

そう思いながら生きてきた。

 

そしてわたしは野生動物らしく、人の手を借りず自力で動くために頭を使った。どの方向・角度ならば動けるのか。どこまでなら動かせるのか。

すると面白いことに、真っすぐな動きは痛みが出ないことが発覚。胸を張る(背中を反らす)ことは出来ないが、例えば首や膝、つま先を駆使して地面から起き上がることならば可能だと知る。

腕や肘を使う動作はアバラに直結するので避ける。その代わり、首とつま先の動きを応用することで、痛みを発生させずに体の移動や離床が実現したのだ。

 

こんな小さな変化にでも感動しなければやってられないほど、わたしの心は荒(すさ)んでいる。

医者は「創傷治癒の原則は一次治癒だ」と言う。安静を維持せず傷口を痛め続けていると肉芽組織が形成され、そこへ血管や神経が新たに作られることで、傷が治っても痛みを感じ続けることになる。と、脅された。

 

あぁ、心の底から憂鬱だ。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です