和泉元彌とボルタレン坐薬

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ーーそろり、そろり。

狂言師・和泉元彌(いずみもとや)のマネだ。

人に笑われようが、邪魔者あつかいされようが、今のわたしにはこれが限界だ。

 

スパーリング中、肋(あばら)からパキッと快音が響いた。

(あ、これはやったな)

ということで、すごすごと帰宅する敗者の姿ここにあり。

 

駅構内を和泉元彌風にゆっくりと進む。大勢の人に舌打ちされ、追い越されてはにらみつけられる。

 

そんな仕打ちに耐えかねたわたしは、ふと急に「カッコつけてやろう」と思い立った。通路の端っこで「音楽を聴きながらスマホいじって時間つぶしてる風」を装い、人の流れが落ち着くのを待つ。

なぜこんなことをしなければならないのだろう。だが、帰宅を急ぐ人々の迷惑そうな顔を見るのは忍びない。

 

ーーよし、そろそろいいだろう。

そしてまた、ガランとした駅構内をそろりそろりと前進する。ちょっとした振動でもあばらに響くため、今日ほど和泉元彌に感謝をした日はない。

そろり、そろり。

 

 

帰宅後。ベッドに横たわろうとしゃがんだら思わず声が漏れた。体を傾けるとあばらに激痛が走るではないか。

 

具体的には右のろっ骨が痛いのだが、右も左も傾けると痛い。最悪なのは胸を反らすこと。まだマシなのは前に屈(かが)む動作。

ーーこれはひょっとすると、寝られないということか。

ひょっとしなくてもわかる、無理だ。

しかし、なんとか「カメ(うつ伏せに丸まる)」になれればその先の道が開けそうだ、と踏んだわたしは、ゆっくりとカメを目指して体を丸める。まるで本物のカメのようにノロノロと。

 

半分カメになったところで気が付いたことがある。体を丸めることはできたが、頭を下げようとするとワキ腹が痛む。

ならばと、その辺に散らばっているジャージや道着を引き寄せて、高さを作って顔の下へ積み上げてみる。

ーーうん。これならいける。

 

しかし、5分もしないうちに足がしびれてきた。こうなることは5分前から分かりきっていたことだが。

 

そこでわたしは眠ることをあきらめ、怪我をしたときの「ルーティン」をすることにした。怪我のルーティンとは、今の状況で何をどこまでできるのか、どの角度や強度ならば耐えられるのかを細かくチェックすることだ。

 

たとえば「右手は肩まで上がらない」とか「深呼吸の半分で痛む」とか「左手でペットボトルを持ち上げると右のあばらに響く」とか。

そうこうするうちに、いっそのことベッドに倒れ込んでしまえばいいのでは、と気づく。まずはスマホの充電を差し、水を枕元に置き、これでしばらく起き上がれなくても生きていける状態を整えた。

 

そろりそろりとベッドの横へスタンバイすると、重力に身を任せてわたしは寝床へ倒れ込んだ。

「ギャーーーーーーーッ!!!!」

案の定、激痛が走る。だがいずれこの関門を突破しなければならないわけで、それが一瞬で済んだのならば御の字だ。

 

ところが横になってからが地獄だった。

仰向けは普通に痛い。左を下にしてみても右腕の置き場に困る。逆に、右を下にしようものならその途中で断念せざるをえない(ものすごく痛い)。

 

辛うじて自由がきく両足を使い、ちょっとずつ体の向きや角度を変えていく。なぜならじっとしていると痛みが増すからだ。

そんな悪戦苦闘の最中にLINEの通知がきた。

ーー仕事か。

 

結局のところ、わたしは一睡もせず「仕事」という名の応急処置に救われた。

 

 

本日も「和泉元彌」のわたしは、ゆっくりと近所の整形外科へ向かった。

途中、2本の杖を巧みに使い、これまたそろりそろりと前進するおばあちゃんと遭遇する。おばあちゃんは地面を見ながらそろりそろり。わたしは正面を見据えながらそろりそろり。

 

我々はほぼ同じ速度で同じ方向へ進む。側から見れば、おばあちゃんと散歩をする孫か介護職員だ。少し距離を置きたいが、こちらも物理的にそれができない身体ゆえ、気持ちは焦るが歩幅は変わらない。

わずか200メートルの距離を10分近くかけて前進すると、奇遇にもおばあちゃんとわたしは同じ整形外科の門をくぐった。

 

普段ならば、このおばあちゃんのことなど目に入らないだろう。だが自分が怪我をすることで、初めて「社会的弱者の立場」に立てる。

歩きたくても歩けない人がいることを、決して忘れてはいけない。

 

ーーこれは「怪我あるある」だ。

自分が弱い立場になると、急に社会的弱者に寄り添いたくなるという、偽善者っぽいアレ。そう思いながらも、おばあちゃんより先に保険証を放り込んだわたしは、社会的クズだといえる。

 

 

レントゲン画像を見ながら医師は言う。

「肋骨は見た感じ大丈夫だね。この飛び出ているのは肋軟骨が折れたんだろうね。肋骨のココとココの幅がズレてるから、ここが肉離れを起こしているだろうね」

淡々と状況を説明される。なんだ、肋骨は平気なのかーー。

急に安心したわたしは気持ちがデカくなり、湿布や鎮痛剤の話をされた際、ついつい大口を叩いてしまった。

 

「怪我が治ってもいないのに、痛みだけ抑えるのは不自然だと思います」

「痛むからこそ怪我が実感できるわけで、治れば痛みも消えますから」

 

医師は目を輝かせながら頷(うなず)く。そのとおりですよ、痛み止めを飲んだから怪我の回復が早まるわけではないですからね、とわたしの意見に賛同する。

 

その結果、わたしは痛み止めをもらい損ねた。

 

 

行きは和泉元彌だったが、帰りは美智子様の速度で歩けるようになった。こんなもの、完全に「気の持ちよう」だ。

 

帰宅するとすぐさまスーツケースを漁る。たしかサンディエゴに行く前に、ボルタレンの坐薬をもらったはずーー。

 

ーーあった!

 

およそ2年前の坐薬を発見、「冷所暗所で保存」と書いてある。冷所ではないが暗所で保管していたから半分の確率で大丈夫だろう。

使用期限は今年の11月までなので問題ない。

 

とりあえず、速攻でボルタレンを冷蔵庫に入れて「冷所暗所で保存」の条件をクリア。

 

あとはこれを「入れる」勇気だけだ。

 

 

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2件のコメント

りかさーん
めまいとか骨折とか満身創痍じゃないですかー😭
柔術やってるから怪我はつきものかもですけど気をつけてくだされー
坐薬、なんとか入れられたみたいですね💦
私はタンポンですらこわい…

久々のブリッコだな笑
治る怪我や病気は、ウエルカムだ。
目さえ平気なら、何も怖くない。
(でも坐薬はもういいかな・・・)

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