うるるとあらら  URABE/著

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見た目さえよければそれでイイ――そんな妄想が通用するのは、十代の若者だけじゃ。この世にはびこるモノのほとんどは、意味や価値そして役割がある。決して見た目なんかで製品の価値は変わらない。ちゃあんと適材適所で使ってこそ、本来の性能を発揮し人間の暮らしを豊かにするというものじゃ。

それなのにこのマンションときたら、見た目やブランドといった「見栄」だけで造られたせいで、あっちこっちの住人から苦情が噴出している。その苦情の一つは、ワシじゃ。

 

ワシの名前は「壁掛形エアコン」、一般家庭によくあるエアコンじゃ。まぁ字を見ればわかるだろうが、金属製の板を壁に打ち付け、そこにワシらを引っかけることで使用されるエアコンよ。

つまり、壁にくっ付く形でワシらは存在するわけで、壁よりも出っ張っているからこそ、部屋を暖めたり冷やしたりできるんじゃ。

 

ワシらはいわゆる「尻」から風を送り出すため、暖房の場合は「水平から60度以上、下向き」に風向設定するのが効果的といわれる。それはワシの体のつくりを見れば、一目瞭然じゃろう。

にもかかわらず、ワシはなぜか壁に埋め込まれておる。最初からずっと、この狭い小部屋に押し込められて生きてきたわけじゃ。

 

この部屋の住人は、多少なりとも頭を使って部屋の気流を生み出す努力をしてきた。たとえばサーキュレーターを置いて、床から天井に向かって風を吹き付けることを思いついた。ついでに洗濯物まで乾くから、一石二鳥というわけよ。

さらに先月からシーリングファンを設置して、上空の暖気をかき回すことにも成功した。今もワシの目の前で、洒落たプロベラがグルグルと回っておるわ。

 

だが一つだけ大きな勘違いをしておる。そのことに住人は気付いていない。単に風の向きがわるいから部屋が暖まらない、或いは冷えないと思い込んでおるが、そうじゃない。

そもそもワシらの温度設定というのは、ワシらが吸い込んだ「空気の温度」で判断される。今ワシの尻から出たこの暖気が、閉じ込められている壁に当たって跳ね返り、すぐさまワシの鼻に入ってそのまま肺へと送り込まれる。するとワシの体内センサーは「十分暖かい」と判断し、暖気を送り出すことを止めるわけじゃ。そしてしばらくして、再び吸い込んだ空気が設定温度以下になると、暖気を吐き出すべく動き出す。・・・という仕組みになっておる。

 

つまり、サーキュレーターで煽ろうが、シーリングファンで攪拌しようが、部屋の温度が快適にならないことに変わりはないのじゃ。

 

ではどうすれば改善できるのか?・・・簡単なことよ。設置するエアコンを壁掛ではなく、ビルトイン(天井や壁に埋め込む形のもの)にすればいい。

だが残念ながらこの部屋にビルトインタイプは無理じゃ。そもそも設計の段階で、壁掛形のルームエアコンにピッタリの「収納部屋」の図面が引かれているんじゃから、ビルトイン形なんて収まりっこないない。

 

というわけで、このマンションに住む人間たちが室内温度の快適さを求めるということは、すなわちないものねだりというわけじゃ。

都心で駅近、コンクリートむき出しのオシャレデザイナーズマンションというブランド、いや、見栄を重視するならば、生活環境の充実など求めてはならない。

どうしても両方を手に入れたいのならば、今以上にカネを稼ぐか引っ越すかの、二つに一つじゃ。

 

とはいえ、本来ならば壁に引っ掛かる設計のワシが、こんな狭い小部屋に押し込められている苦しさというのも、少しは考えてみてほしい。ゆったりと適温の風を送り出せたら長生きできるのに、温度センサーが短時間で何度も作動するため、ワシの体内はもうボロボロよ。

他のマンションへ旅立って行った仲間は10年、いや20年は元気に活躍するというのに、ワシはたったの2年で冷媒ガスを漏らすという失態を犯してしまった。過去にも同じことがあったゆえ、配管の腐食か設計ミスじゃろう。

(壁掛形のワシを壁に埋め込んでいるところをみると、後者が原因に思えるが)

 

とにかく、モノは見た目ではない。製品の性能を邪魔するような見た目は、本末転倒どころか諸悪の根元である。

 

(了)

 

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