孤高の悪魔か、哀れな貧乏人か

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悪魔に憧れているわたしは、アニメ・黒執事の主人公セバスチャン・ミカエリスをリスペクトしている。言わずもがな、セバスチャンは悪魔である。

そして、少しでもセバスチャンに近づきたくて、一ヵ所だけ彼の真似をしてみた。そう、爪の色だ。

悪魔であるセバスチャンは爪が黒い。そこでわたしは、せめて部分的にでも悪魔になるべく、十年以上ぶりに手の爪にシェラックを施した。もちろん、黒光りするほどの漆黒に染めてやった。

 

ところが、柔術のせいかはたまたピアノのせいかは分からないが、右手の人さし指と左手の中指のネイルが、わずか数日後には剥がれてしまったのだ。

 

黒いネイルだからこそ、爪の先っぽが剥がれただけでも目立つし、どんな理由であれ、先端を失ったネイルは貧乏くさくて下品である。

そのため、一時的にでも黒いマニキュアで補完するなど、何らかの処置を施すべきなのだが、箸を洗うのが面倒だからと素手で鷲掴みして食べるわたしが、そのような高難度の作業をするはずもない。

よって、次々と先っぽが剥がれていく指を眺めながら、「悪魔を維持することは、思った以上に大変なことなんだな」と、苦々しい思いをかみしめながら半ば諦めモードで過ごしていた。

 

とはいえ三週間もすると、すべての指のネイルが消え去った。ちなみに、最後の最後までこびりついていたのは両親指だった。

もちろん、親指の先端が剥がれたのは早い時期だったが、ネイルの面積が広い分、長期間貼りついていたのだと思われる。

さらに面積が広い分、貧乏くさいお粗末な黒ネイルを目にするのが嫌で嫌で、早く剥ぎ取りたい衝動に駆られていた。

 

そして今から10日前、ピアノの発表会に合わせて、改めて悪魔ネイルを施すことにしたわたし。

だが今度は"剥がれた後"のことも考えて、最初に剥がれるであろう中指と人さし指、そして剥がれた時の視覚的ダメージが大きい親指は、黒ではなくシルバーに染めることにしたのだ。

 

しかし、両手とも親指・人さし指・中指をシルバーにしてしまったのでは、悪魔の象徴であるブラックが薬指と小指の計4本にしか載せることができない。

(少なくとも過半数は黒色で染めるべきだろう・・)

そこでわたしは、中指と人さし指については、左右どちらかのみにすることを決めた。別にどちらでもよかったが、なんとなく左手を中指で右手は人さし指をシルバーにしてみた。

この選択に他意はなく、ただ単になんとなくそうしただけだった。

 

 

(なんでよりによってこの指なんだ・・・)

 

しばらく柔術の練習を休んでいたわたしは、久しぶりに参加したスパーリングを終えると、左手人さし指のネイルの先端が剥がれていることに気がついた。

 

・・どこかの指のネイルが剥がれることは覚悟していた。いや、前回同様に人さし指か中指が剥がれるであろうことは予測できた。

だがよりによって、二分の一の確率でシルバーを選ばなかった左手の人さし指が剥がれるとは、なんたる運の細さよ——。

 

シルバーならば多少剥がれても悪目立ちしない。ところが、黒が剥がれると圧倒的な貧乏くささが炸裂し、孤高の悪魔どころか哀れな貧乏人に成り下がってしまうのだ。

——なぜ、隣の中指じゃなかったんだ。もしくは逆隣りの親指でもよかったのに、よりによって黒を塗った人さし指の先端が剥げるとは、あまりに酷ではないか。

 

あえて見る気などない左手人さし指の先端だが、こうしてパソコンのキーボードを叩いているだけでも、視界の隅に惨めな黒い残骸が確認できてしまうのだ。

その度に卑屈な気分に陥ってしまうわたしは、改めて悪魔という存在の崇高さに打ちひしがれた。

 

(やはり凡人が悪魔に憧れるなど、無理な芸当だったんだ・・)

 

 

両隣りはセーフだったのに、あえてドンピシャで真ん中のみを攻撃してくるとは——。

わたしには、どうしても納得がいかないのである。

 

Illustrated by 希鳳

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