(・・・あれ?スマホどこいった??)
電車の時間を調べようとスマホへ手を伸ばしたところ、なぜかぺったんこになっているポケットに違和感を覚えるわたし——たしかここへ入れたはずだが、ジャケットのポケットだったかな?
・・などと疑う余地もないほど上着は軽かった。両手をポケットに突っ込んで鳥の羽ばたきのようにバタバタするも、空っぽのポケットからは何も出てこない。パンツのポケットにも同様に手を突っ込んでみるも、いつぞやの領収書どころか糸くず一つ出てこないわけで。
もしかすると、バッグへ入れたのかもしれない・・そんなはずがないことくらい、所持者である当人が誰よりも分かっているが、それでもすがるようにバッグのファスナーを開けると、恐る恐る中を覗き込んでみた——言うまでもなく、わたしのスマホは見当たらなかった。
(まさか、ここへ来るまでの間に落としたのか?いや、さすがにそれはない。もしもそうならば、重さの変化に気づかないはずがないからだ。ってことは・・・あの映画館か)
元来、行儀の悪いわたしはじっとしていることが苦手。かといって周囲の人々に迷惑をかけるのは避けたいため、映画館のようなシーンとした環境下においては、着座姿勢をこまめに変えることでなんとかやり過ごすしている。だがそうなると、尻のポケットから物が落ちるリスクも上がるため、それなりに用心しなければならない。なんせ、ただ単に左右へポジションをずらすだけでなく、そっくり返ったり正座したりと全身くまなく動かすため、場合によってはポケットの中身が落下する恐れがあるからだ。
とはいえ、スマホを落とせば少なからず落下音がするし、重さもそれなりにあるのだからさすがに気づくだろう。・・そうだ、イヤフォンやリップスティックを落とすのとはわけが違うので、上映中にポケットから滑落したスマホに気がつかないほど、わたしは鈍感でも無神経でもない!
——そう心の中で言い聞かせながらも、「かといってスマホが見つからなければ、わたしの今週は終わったも同然」と、それなりの不安と憂鬱を抱えながらも、なんとか平静を装って映画館へと戻ったのである。
「あのぉ、G6あたりに座っていたのですが、スマホを落としたかもしれなくて・・」
幸いにも次の回はまだ始まっておらず、係員と一緒に当該座席へと向かったわたしは、自分が座っていたシートの後ろに黒い物体が落ちているのを発見した——あった!!
「え、ありました?いやぁ、よかった。出てこないかと思った」
係員の兄ちゃんは、なぜかわたしよりも嬉しそうにスマホの存在を喜んでくれた。——見た目によらず、いい奴じゃないか。
それにしてもなぜ、決して小さくはない物体がポケットから滑落したにもかかわらず、わたしは気がつかなかったのだろうか——。その答えは、映画館の床にあった。そう、床にはフカフカの絨毯が敷いてあったのだ。
まるで宮殿のフロアを彷彿とさせる高級なレッドカーペットは、足音を消し去る効果を遺憾なく発揮していた。そしてその見事な消音により、わたしはスマホを落としたことに気がつかなかったのだ。
(・・そういえば、尻ポケットからスマホを落としたのは何年ぶりだろうか)
あれはロンドンオリンピックの時。競技会場を移動するための電車に乗ったわたしは、前へずり落ちるかのようなだらけた姿勢で座っていた。あちこち出歩いたツケも溜まっていたのだろう、横になりたい気分を抑えてだらんと身を任せていたのだが、いざ目的地へ到着すると颯爽と電車を後にしたのである。
その直後に、わたしはスマホがどこにもないことに気がついた。今思えば、背もたれと着座する部分の隙間から、シートの内側へ滑落したのではないかと想像できる。なんせ、シート部分にも車内の床にも、もちろん、ホームにも落ちてなかったのだから、あるとすればシートの内側へ滑り込んだとしか考えられないのだ。
あぁ、未だに行方不明のわたしのスマホは、今どこで何をしているのだろうか——。
*
もしかすると、干支が一周する度にわたしはスマホを落とす運命にあるのかもしれない。だが、今回は治安維持の国・日本ということで、落とし物は落とされた場所で静かに持ち主を待っていたのだ。
(いや、ただ単に映画館に客がいなかっただけなんじゃ・・・)
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