命を賭した、負けられない一戦。

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本日のわたしは”立ったら最弱”と呼ばれるに相応しい、役に立たないどころか邪魔でしかない存在感を遺憾なく発揮してきた。

行く先々で通行人からは奇異の目で見られ、にもかかわらず誰一人として声をかけてくれる者はおらず、「あぁそうですよ、どうせわたしは健康体にしか見えませんよ!」と自暴自棄にならざるを得ないほど、苦く悔しい思いを幾度となく味わわされた。

 

だが、これも自業自得というか、「ぎっくり尻」で自由のきかない体を押してまで、あえて外出を選んだわたしが悪い。よって、老人どころか小型犬・・いや、虫レベルの速度でしか歩けないことで、他の通行人らに迷惑をかけたことについては謝ろう。

しかしながら、わたしにはわたしなりの小さなプライドと、負けられない戦いがあったことも事実。そんな激戦の一部始終を振り返ってみよう——。

 

 

(多少のフライングはやむを得ない)

真剣なまなざしでグリーンフラッグを睨みつけるわたしは、シグナルが変わると同時にスタートを切った。いかんせん、短距離レースはスタートダッシュが肝心。ここで出遅れると、トルクの弱いわたしのマシンでは巻き返しが絶望的となるため、スタートシグナルと呼吸を重ねることで、視認ではなく感覚優先の発進を試みたのだ。

(よし、最高のゼロスタートだ!!)

順位を競う戦いにおいて、単純に「かけっこ」をしたのでは脚力の優れた者に勝つことはできない。だが、相手の進路を妨害することで、こちらの速度を緩めることなく先行する・・というテクニックを駆使すれば、多少の馬力差はいくらでも埋めることができる。

無論、反則にならない程度の”牽制”にとどめるべきなのは言うまでもないが、ゼロスタートを切れば誰よりも早く最短ルートを確保できるため、今日のわたしはこの一点にすべてを賭けたのである。

 

そんな、理想的な火ぶたを切った次にすべきは”コース取り”だ。実際のところ、直進のみが最短ルートというわけではない。コースにはわずかながらも傾斜や凹凸があるため、マシンの癖によってはアウト・イン・アウトの定石が通じなかったり、状態の悪いセンターよりもあえて大外を選んでみたりと、路面状況をチェックしながらゴールを目指すのがプロの仕事。

そして今回のコースは、右サイドへの下り傾斜が確認できることから、まずはそれを利用する・・と決めていたわたし。この際の注意点は、左後方から交差するように侵入してくる「フォーミュラカー」の存在だ。われわれのレースは、例えるならば「ジムカーナ」レベルなので、さすがにフォーミュラカーに真っ向勝負を挑んだところで、あっけなく散るのは目に見えている。

そこで、やや右へ反れつつも、左後方から襲いくるモンスターカーたちに「ちょっと待て」の合図を出しながら、下り傾斜のスピードで加速をつけつつ前進することを選んだのである。

 

——目指すはゴールのみ。路面を見るよりも頭を上げて視野を広く保ち、向かう先で待ち受ける「白いゴールテープ」に照準を合わせて、わたしは一心不乱に進み続けた。

フォーミュラカーの選手たちには悪いが、まずは自分のレースを成立させなければならないため、グリッド上で不満そうにエンジンを吹かす猛者どもを尻目に、右リアに故障を抱えるわがマシンは全速力でコースを駆け抜けた。

とはいえ、あちらもレースを妨害されたままでは黙っていられない様子。なんと、コースの右へと膨らみつつ直進を続けるわたしに向かって、強引にマシンの鼻先を突っ込んできたのだ。

 

「見りゃわかるだろ!こっちは必死に渡ってんだよ!!」

 

スピードや馬力による勝負では勝ち目がない・・と踏んだわたしは、弱者の利である「逆ギレ」を発動させた。これこそが伝家の宝刀、何人たりともこのレースを妨害することなどできないのである。

——そう。ここは横断歩道であり、わたしは歩行者であるため、右折を試みる車は歩行者を優先しなければならないのだ。

 

こうしてわたしは、無事にゴールとなる白いガードレールへタッチすることに成功した。

思い返せば、昨日は10メートル進むのに10分もの時間を要したわけだが、本日は信号が青のうちに・・はさすがに無理でも、赤になってしばらくしてから渡りきれたので、かなりの進歩と成長が見られる。

とはいえ内心、「四つん這いだったら、もっと速く渡りきれたんだけどな」というプライドが燻っていたのも事実だが、なにはともあれ「横断歩道を制限時間内に渡りきる」という、ある意味・・いや、リアルに命を賭した戦いに勝利したことで、喜びとともにホッと胸をなでおろしたのである。

 

 

それにしても、見た目が健康体・・というのは、体調不良や怪我を負った際には最も不要な要素であることを、今更ながら痛感するのであった。

 

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