酔っ払いどもが引き継ぐ伝統芸、令和の今でも健在。

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昨夜、ラーメンを食べに居酒屋へ入った。文字にするとちょっと変だが、外から見ると「ラーメン」と書かれた赤ちょうちんがぶら下がっており、ラーメン屋だと思って店のドアを開けたところ、中には出来上がったサラリーマンたちがところ狭しと詰まっていたのである。

(要するに、元はラーメン屋だが後に居酒屋も始めた系か・・)

港区・赤坂という土地柄、仕事帰りのサラリーマンが"帰宅前に一杯ひっかける光景"というのは、ありふれた日常の一つといえる。そして話すことといったら、上司の悪口か気になる女子についての二択。それだけで何時間も話に花が咲くのだから、ニンゲンというのはなんとも単純でお得な生き物である。

 

そこで、醤油ラーメンとしらすご飯を注文したわたしは、酔っ払いたちのくだらない愚痴をBGMに、それはそれでイイ感じの大衆居酒屋を満喫していた。——まるで、昭和の古びた食堂で、ラジオから流れる(興味のない)阪神巨人戦を聞き流しながら、ひとり黙々とラーメンをすするかのように。

そんなノスタルジックな雰囲気に浸っていると、酔っ払いたちのくだらない愚痴が徐々にヒートアップしてきた。

あいつらは本当に無責任だ。必要以上の声量で自分の主張を繰り返すことについては、百歩譲って許容するとしても、そこへ「てめぇ、やんのか?」だの「調子に乗んじゃねぇ、殺すぞ?」だの、社内では決して口にすることのない"イキったセリフ"を堂々と発するのだから、証拠映像として動画に収めてシラフで鑑賞してもらいらいものだ——ん?ガチで揉めてるのか?!

 

醤油ラーメンを完食した後にしらすご飯をパクパクとやっつけていたわたしは、妙に背後が騒がしいことに気が付いた。酔っ払いどもの戯言がヒートアップし、やれ殴られただの表へ出ろだの、物騒な展開になっていたのだ。

(チッ・・飯くらい静かに食わせろや)

わたしの生き甲斐である「食べること」を妨害されかねない状況に舌打ちしながら、騒音の元凶であるイキったオッサンらをチラ見したところ、これまた見るからに"吠えそうな犬"と正義感の強そうな若者とが、キスでもするのか?というくらいに顔を近づけいがみ合っていた。

 

「先に手出したのは、そっちだろうが!」

「あぁ?そっちが先に突っかかってきたんだろうが!」

「なんだと、やるんか?」

「やってやるよ、ブッコロしてやるよ!」

 

文字にすると恥ずかしくて俯(うつむ)いてしまうようなセリフがポンポン飛び交う中、イキる同僚らをなだめる仲間とその場を鎮火させたい店員らが割り込み、それこそプロレス並みの乱闘騒ぎへと発展していった。

——しかしながら改めて思うのは、ニンゲンの正面というのは便利であると同時に邪魔にできている。それに比べてどうだ、背後のなんたる潔いこと! 手足が付いているとはいえ、その向きは前方で活躍できるように設置されているため、背中を制されればそいつはもう終わりである。

そんな最大かつ圧倒的な弱点である"背中"を、わたしへと向けたままサラリーマンたちはギャンギャン吠えているのだ。——奴らの意識は今、互いに向いている。つまり、わたしが今ここで暴挙に出たとしても、その動きに気づくことなく地面へと崩れ落ちるだろう。

 

酔っ払いどもの発言をまとめると、抗争の経緯は「隣に居合わせた対立組織が、互いに手を出しただの出していないだの言い争ううちに、ヒートアップして全員が立ち上がってダチョウ倶楽部のコントのような状況になった」という感じか。

これがシラフかつ社内での出来事ならば、このような醜態を晒す展開には至らなかっただろう。ところが、アルコールという恐るべきドラッグの影響で、できもしない「殺す」だの「やってやる」などという恥ずかしいセリフを、大声で連発してしまうのだから恐ろしい。

中には酒を飲んでいない者もいる様子だが、まともな者の意見がこの場で採用されるはずもない。そのため、ただただオロオロと見守るしかないわけで・・。

 

「わかりました、わかったからもう帰りましょう」

怒号が飛び交う中、自身も酔っぱらっているにもかかわらず、社会人としてのモラルを保った唯一の人物が抗争の間に割って入った。そして自らの仲間を強引に外へと押し出すと、振り向くことなくピシャリとドアを閉めたのだ——終焉。

 

 

昭和の頃、阪神巨人戦で乱闘が起きるのが当たり前(?)といわれた当時の伝統芸が、令和の今でも引き継がれていることに、ちょっとした安堵と平和を覚えるのであった。

 

Illustrated by 希鳳

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