ドアを開けた途端「不法侵入者がわが家で喫煙をした」と厳戒態勢を敷いた私

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帰宅と同時に、わたしは不穏な気配を察知した。間違いなく鍵はかかっているし、誰かが侵入した形跡も確認できない。それなのに、なんだこの——まるでタバコを吸ったかのような煙の臭いは。

わたしはタバコなど吸わないし、玄関もベランダもしっかり閉めてあるため外部から煙が入り込んだとは思えない。要するに、わたしの部屋で何者かがタバコを吸ったとしか思えないのだ。

(室内は真っ暗だが、屈強なオトコが潜んでいるかもしれない・・用心せねば)

警戒しすぎて損はないので、わたしは四つん這いになってリビングへと向かった。部屋の電気はテーブルの上のリモコンでなければ点けることができないので、真っ暗な廊下を匍匐(ほふく)前進するかのように這って進んだのだ。

 

(・・・おかしいな、誰もいない)

おかしいというか、むしろ誰かがいてくれたほうが得心が行くのだが、当然ながら何者かが侵入した様子はうかがえなかった。現実的にはホッとしつつも、ではなぜ煙のニオイがするのか・・という部分に引っかかりながら、照明をつけるとソファにドカッともたれかかった——あ、お灸か。

目の前には170個入りの"せんねん灸"の箱が置いてある。そう、ここ最近のマイブームで、二か月前に痛めたアキレス腱の慢性痛改善のために、毎晩お灸をすえているのだ。

 

怪我の原因は、試合前に張り切って準備運動をしたせいだ。

ラスベガスの試合会場では、多くの外国人選手らが殺気立ちながらアップをしていた。それを見たわたしは「クソッ、舐められてたまるか!」と、こちらも張り切ってブリッジやエビ(柔術における準備運動の名称)を見せつけてやった。

ところが、滅多にやらない準備運動を"ここぞ!"とばかりに全力で披露したところ、運悪くアキレス腱を傷めてしまったのだ。こうして、試合前にすでに負傷する・・という大失態を演じたわたしは、右足を引きずりながらマットへと向かったのであった。

 

そんなこんなで二か月が経過するが、アキレス腱の痛みはなぜか健在。そこで、かかりつけの柔整師に相談したところ、「慢性痛にはお灸が効きますよ」という助言をもらったので、さっそく"せんねん灸"なるものを購入したわけだ。

痛みを感じる部分へ適当にいくつか並べてみると・・あら不思議。それまで、正座すらできないほどの痛みを抱えていたアキレス腱が、なんと、曲げ伸ばしをしても痛くないではないか!

お灸の熱で血流がよくなったのか、はたまた温熱刺激がポジティブな効果を発揮したのか、原因はわからないがとにかくアキレス腱の痛みが劇的に軽減されたのだ。

 

そんな感じで、少し良くなってはまた戻る・・を繰り返しつつも、全体的にはかなり回復してきたアキレス腱にせっせとお灸をすえ続けたことで、いつの間にかわが家は香ばしく燻されていたのである。

 

というわけで、まずは窓を全開にすると鼻に残る煙たい空気を外へと追い出した。そして空気の入れ替えをしつつ、ふと、帰宅途中にセルフ・ロッキングした左膝の半月板を思い出した——試しに、お灸でもすえてみるか。

素人ゆえにお灸を置くべき正しい部位が分からないが、ツボを刺激するのにお灸を使用すると聞いたことがある・・と思ったが、ネットで検索をしても半月板の損傷に効果的な配置が見つからないので、とりあえず痛い部分の上に貼り付けてみた。骨や軟骨の上ではなく、ちゃんと凹んでいる部分に置いたので、なんらかの効果が出ると期待したいところ——。

 

「あってないというか、そんなところに経穴はない・・って感じですけど、痛いとかであれば問題ないです」

鍼灸の学校へ通う後輩が、ここぞとばかりに偉そうなメッセージを送りつけてきた。「じゃあ、どこへ置けばいいんだよ?」と尋ねるも、呪文のような漢字を送りつけてくるばかりで埒が明かない。

要するに、あまり意味のないお灸をすえたようだが、なによりも肝心なのは気持ちである。「効きそう!」と、わたし自身が信じることが重要なのだ。

 

——こうしてまた、わが家は香ばしく燻されるのであった。

 

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