(生粋のファンとは、彼のことを言うのだろう・・・)
見返りなど求めない、ただただ遠くで支えるだけの愛こそが、彼の持ち味でありファンの鏡であると感心していた。
*
友人は、天海祐希の大ファンだった。寝ても覚めても天海祐希。彼女が起用されたCMの商品は、常にチェックする抜かりなさ。
あげくの果てには、なんのお世話もしていない私の家に、お歳暮が届く始末。そう、日本ハムの一押し商品「美ノ国」のCMに起用されていたのが、天海祐希だったのだ。
それどころか友人は、彼自身にもお歳暮を贈っていた。”推し”が起用された商品の売上げに貢献しよう!という、純粋な気持ちからだ。
(・・・自分自身にお歳暮を贈るって、どうかしてるだろ)
いやいや、ダメだ。温かい目で見守ってあげなければ。思い返せば、天海祐希ネタで散々笑わせてもらったじゃないか。ここまで真剣に”推し”をサポートできる人間というのも、今どき珍しい。
かつて友人の自宅を訪れた時のこと。料理などしない彼は、キッチンが書類置き場となっていた。ガスコンロの上に書類が堆(うずたか)く積み上げてあるのを見て、
「燃えてしまえばいいのに」
などと思ったことはない。…といえば嘘になるが、よく燃えそうなレシートや帳簿が整然と積まれていたので、まるでキャンプファイヤーのようにボゥッと火柱が立つのではないかと、他人事ながらニヤニヤしてしまった。
リビングに座らされると、冷蔵庫から両手いっぱいに缶チューハイを抱えて友人がやってきた。
「たくさんあるんで、どんどん飲んでください」
手渡されたのは、サントリーのストロングゼロだった。まさかと思い冷蔵庫を開けると、上から下までビッシリとストロングゼロで埋め尽くされている。
ちなみに友人は、アルコールが飲めない。
そして言うまでもなく、当時CMに起用されていたのが天海祐希だった。”推し”のためなら飲めないアルコールもなんのその。
本来ならば冷蔵庫に入れるべきものが外に出され、飲みもしない缶チューハイが所狭しと並べられている。非常にシュールである。
(てか、アタマおかしいだろ・・・)
思い返せば、数々の商品を勧められてきた私。
自宅の洗濯機が壊れたといえば、東芝の洗濯機を勧められた。
食器用洗剤が終わりそうだといえば、ライオンのチャーミー・マジカを勧められた。
「風邪ひいたかも」といえば、第一三共ヘルスケアのルルアタックを勧められた。
さらに、腕時計といえばロレックスではなく「グランドセイコーレディースが最高である」と引かず、家を建てるなら「積水ハウス一択」と断言し、必要に迫られているわけでもないのに「英会話のイーオン」に通おうとしたりと、彼の生活は天海祐希で回っていた。
そんな友人が、ついに結婚をした。
妻となる女性にしてみれば、別のオンナに熱をあげている男など論外だろう。
だが我々友人からしてみると、あれほど無償の愛を注げる存在というのは、新興宗教の教祖以上のものであり、非常に惜しい人材を失くすことになる。
天海祐希の話題になると決まって、
「ウチのが」
という三人称を使っていた友人。もうこのセリフを聞くこともないのだ。
*
池袋駅に、ミニオンズの最新作のポスターが貼られていた。
2015年上映の「怪盗グルー」シリーズで、女ボスの吹き替え版を担当したのが天海祐希。当時、友人はやたらとミニオンズのグッズに敏感だった。
「あ、ミニオンズだ!」
おなじみの黄色い物体を見つけた私は、思わず指をさす。それを見て、つれない態度で相槌を打つ友人。
「もう、吹き替えやってないんでね」
あぁ、そうか。友人はミニオンズが好きなわけではないのだ。吹き替え版で女ボスの声を担当した、天海祐希が好きだったのだ。
スポンジボブ役ならばスポンジボブ、きかんしゃトーマス役ならばトーマス。キャラクターではなく、あくまで天海祐希が基準となって好みが決まるのだ。
そこで私は、わずかな期待を込めて新居の冷蔵庫の中身を聞いてみた。
「冷蔵庫は、奥さんのテリトリーなんでね」
・・・結婚とは、頭のおかしい奴をまともにさせる矯正方法なのかもしれない。
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